2025/3/29 <墜肘 肘の平 労宮 丹田>

 

 今週の室内練習の会場に立派なバレエーのバーが片隅に並べられていたので、それを使ってレッスンをしようと、皆にバーを引っ張り出してもらった時のこと。

 

 バーはチャコット製品でとても重い。二人組で担いで運んでもらったのだが、その姿が、あれ? そんな持ち方じゃダメだろう・・・(苦笑)

 やっぱり教えなければ。

 太極拳はもともと農作業の動きをベースにしている。太極拳を練習しているのだから、肉体労働にそれを活かさなければもったいない。

 

 

家庭画報のHPで荷物を持ち上げる時の動作のコツが示されていたhttps://www.kateigaho.com/article/detail/178753?n=1&e=177899

 

 

右のような格好は腰を痛めやすいのは分かると思う。

HPの中では、

 

荷物を下ろす時、

荷物を持ち上げる時、

そして荷物を運ぶ時、

 

と場面に分けて、右のような画像を載せてくれていたが・・・

 

 

 

腰や背中を意識しても不十分だ。

どう見てもこの女性は力を十分に発揮できていない。

それは、前腕の使い方を間違えているからだ。

 

 

太極拳では常に労宮と丹田を合わせて使っている。

これは日常生活で手を使う時の基本になる。

労宮は手のひらの中(中指骨の中)にある。

手のひらと丹田は合う。

が、手の甲と丹田は合わない。

 

その感覚を持っていれば、荷物を持った時に瞬時に手のひらと丹田(お腹)を繋いで荷物を持ち上げることができるのだ。この女性のように、指に力を入れて持ってしまうと、股関節や背中を意識してもお腹と連動しないので、結局、腕の力をかなり使うことになる。

 

指に力を入れると労宮(手のひら)に力が集まらなくなる。

 

 


 

 労宮と丹田の連動という現象をもう少し分解して分かりやすくしたのが、橈骨を使うということだ。

 

 手のひらから手根骨を経由して前腕の回内運動を行うと尺骨に対して橈骨が交差する。これは太極拳でいうところの逆纏だが、前腕の中で二つの骨をクロスさせることによって前腕は強くなる。この時、肘は”肘の平”側になる。

普段私たちが肘だと思っている尖ったところは、肘頭という箇所だが、手を胴体と連動させるには、肘は内側(通称:肘の平)だと思って使うのが大事だ。これが太極拳でいう、『墜肘』の効果になる。墜肘をさせることによって肘の意識を肘頭から肘の平側へ移動させているのだ。

以前使った画像だが、

アンをしている右腕に注目してみると、左側の老師は肘頭側に力を入れている=墜肘ができていない。労宮が使えていない(手のひらの真ん中が凹んでいない)

右側の老師は肘の平側を使っていて手のひらが空になっている(労宮が使えている)。

 

 丹田(体の内側の力)が使えているか否かはこのような局部的な体の使い方からも伺うことが可能だ。

 左の老師はよく見ると、含胸もできていない。腰も抜けていない。外形で形を作っている。本当の太極拳は内側の気、経によって外形が作られる。右の老師のようになる。

 

 橈骨を使おうとすると嫌でも肋骨を連動せざるを得なくなる・・・というのはレッスンで私が生徒さんたちに見せました。最後は犬の動きや猫のお座りの姿までできてしまって私も驚きましたが、生徒さんたちはただ笑っていました。

 

 実は、太極拳の技の中には肘で相手の手を挟み込んで抜けなくさせておいて、相手を攻撃する、というのがあります。獣頭式、というのがその代表ですが、私はそれを習った時にあまりうまくできなくて、何度も劉師父に教えてもらいました。できるようになったらお気に入りになって時々男性の生徒さんにその技をかけて遊んでいたほど。肘で挟み込むには、絶対に肘の平側に力を入れなければならない。

こんな感じの肘、腕では、技は繰り出せない・・・

 

太極拳の師たちから見れば、ただの踊りに見えてしまうのは仕方がないかな。

 

←この手、肘は怖いです。

 

 

2025/3/24 <橈骨使い チャンスー 墜肘>

 

 このところ立て続けに腰の王子が”橈骨”に関する動画を出しています。

 有料講座で教えていることをほとんど隠さずに出している・・・

 

 私は王子の説明で、チャンスーが何なのか、その意味がやっとはっきりしました。

 順チャンスーと逆チャンスー。順は小指側から回す動き、逆は親指側から回す動き。順は合になり、逆は開になる・・・これが橈骨を操ることに他ならなかった。

 

 

 

 この、手、前腕のチャンスーが太極拳の核心を形成するのは、それがないと、全身の連動、経が通らないからだけれども、それは橈骨を回し続ける、ということで行われているということだった。新たな発見!

 けれども、それが分かると生徒さんにチャンスーがぐんと教えやすくなる。

 

 墜肘の意味もはっきりするではないか!

 これは尺骨を使わせずに橈骨を使わせるための要領だ。

 

 これまで何かおかしい、と思っていたのが何故なのかもはっきりした。

 

 肘が折れ曲がっていたり、伸びていたり。腕を見ただけで太極拳ではない感じがしていたが、それは、橈骨の回転をしていないためだ。

 尺骨を使うと墜肘ができない。

左の馮老師が太極拳の腕の使い方を示している。

 

上の左端と真ん中の女性は、まず、手首が折れていておかしい。

この状態で相手を打ったり、相手の攻撃を受けたりすると、自分の手首を痛めてしまう。

橈骨の回転、回内、回外を行うには、手首と思っている場所を使うだけでは足りない。手根を開く必要がある。

本当はこのような肘の曲げ方はしない。

尺骨を使って肘を曲げると、どうやって墜落させるのか????

 

と、このようなことが分かるようなレッスンを今週は行っていきたいと思っています。

そのために、予習として、下の王子の動画を見ておいてもらいたいと思う次第です。

ざっと見で良いです。

あとはレッスンで実践しながら太極拳の腕使いとして説明していきます。

 腕が正しく使えると下半身の使い方も変わります・・・

 下のジョンジョロリン体操は、太極拳のチャンスーの練習と根本的には同じです。

2025/3/18

 

  レッスンのための準備。

  簡化第18式穿梭がうまくできない、どうすれば・・・?という生徒さん。

  実は第2式野马分踪で練習する進歩の時の体の使い方の応用だが、そもそも提膝(抜き足)ができないという基本的な問題がある。

  提膝は太極拳だけでなく日常的な歩きも含めた全ての運動の基本。

  子供の時はできていたはずだけれども、気づいたらできなくなっていた・・・というのが普通の大人だ。

  簡化は誰でもできるようにと編纂されているので、丹田を作ることを教えていない。提膝ができないのは腹で足を動かせないからだ。昨日のメモのハーランド選手のポスターの写真のように、腹から(いや、腕から、いや、頚椎から)足を操れば、提膝になってしまう。股関節から足を操るように教わると、十中八九、大腿直筋を使って膝を持ち上げてしまう。これをやってしまうと完全にアウト。上半身と下半身の連動がおこらず、下半身は上半身を乗せて動くことになる。上半身をまっすぐ固めて、下半身だけで歩くと、トランプの前の大統領のようになります・・・と私はジョークを言って生徒さんの前でその歩き方の真似をして見せることがあるけれど、簡化だけでなく今普及している多くの太極拳の動きはそんな感じに見える。

 

  ともあれ。

  内気は増やし続けなければならない。内功はやり続けなければならない。

  まずは腰と股関節が内側からつながる感覚がとれるようになるのが大事。

  それには腰が開かなければならない。まずは松腰、と言われるのは腰が開かないと股関節が操れないからだ・・・けれども、それが理解できるのはそれができた時。腰と股関節の関係は体感しないと分からない。

  時間はかかる。

 

  簡化第18式穿梭の最初の動作は提膝した左足を斜め前に降ろすというもの。

  まず、前提として、第17式の最後の定式で左膝を上げた時に、これが提膝ではなく抬腿(腿上げ)になっていたら、左足を斜め前に下ろした時に骨盤が左に回ってしまう。すると、その先、右足は蹴ることができなくなり、結果として左腿に乗ってしまう。この先はその悪循環。 

 上の左は腿上げ。右画像は提膝だ。

 するとこの先の動きが全く異なってくる。

 

 下の画像、上段が腿上げ 下段が提膝から出発した画像。

 

 下段のようにするのがお手本だ。

 下段と上段を比べてすぐに気づくのは、下段は重心が分明、はっきりと分かれているところ。それに対して、上段は重心移動が甘く、①②③、全てで両足に乗ってしまっている。双重の病、と言われるように、両足に乗ってしまうと、すぐに動けないので絶対に避けなければならない。これは太極拳だけでなく武術やスポーツの基本。歩きもそうだ。

 下段、常にどちらかの足に重心が乗っている。

 

 ③のところで、上段の画像は上体が後ろにのけぞってしまっている。

 正しいのは下段の姿勢だ。

 実は下段の方は、常に腰が開いている。背中が弓になっている。

 上段は背骨の調整がまだできていない。

 

 

腰が開いているから股関節が緩み提膝ができる、というのが本当のところなのだろう。

 

 簡化でも下段のような体の使い方ができれば理想的だが、残念ながら、ほとんどの簡化の老師は上のような動きになっているように思う。

 腰を開かずに脚だけで動いていると、足首も捻れてくる・・・第18式で足首が捩れる感覚のある人は再度腰の開き(命門を開ける)を確かめるべき。

 

 

2025/3/17 <前鋸筋は上下相随の要>

 

 横浜駅から東横線に乗る時に毎回見てしまう右のポスター。ものすごい体だなぁ〜と目が釘付けになる。

 

 以前は大腰筋ばかりに目がいってしまっていたけれど、最近は、前鋸筋に目がいく。

 

 太極拳で言うところの、四正勁や四隅勁は、肩関節と股関節の連動のことだが、これが連動するには、筋肉的に言えば、前鋸筋がマスト。サッカー選手は腕を使わないのに、なぜこんなに上半身が発達しているのか、というと、それは上半身で脚を操っているから。

 

 

 ロナウドの前鋸筋もすごい↓

 

 腕と脚の連動というのは、大腰筋だけでなく前鋸筋も大きなポイントになってくる。

 前鋸筋が作用することで、肩が体の脇経由で股関節と連動するからだ。それはまさに、経絡の胆経の道筋。

 

 バレエではポールドブラという腕の動かし方の練習で前鋸筋を使って腕を動かす感覚を身につける。太極拳と同じく、肩を上げない、下げておく、というのは前鋸筋を使うための大前提。加えて、前肩猫背では肩甲骨と肋骨が張り付いてしまってその隙間にある前鋸筋の動く余地たないので、前肩は治さなければならない・・・

 

 昨日の練習では、肩を下げてもすぐに上がってきてしまう生徒さんを実験台に、前鋸筋が支えるようになる位置に肩や腕を強制的に動かしてセットしたら、それがうまくハマった!

前鋸筋が入ると、自分でハマった感がある。もう肩は上がってこない。

 バレエの先生が「腕をカチッとハメてください!」という意味がわかるの前鋸筋が入った時だ。腕がハマらないと、脚は上がらない。腕がハマらないまま運動をすると無駄に下半身が太くなり動きが鈍くなるのだ。(冒頭のハーランド選手が両手を真横に開いてボールを蹴る様はバレエの腕の2番ポジションでジュテをするのとそっくり)

 

 昨日の生徒さんは、その感覚を得て、続けて動功をした時には、下半身との連動の感覚も得られたようだった。

 

 という私も、前鋸筋がいつもバチっとはまっているわけではない。外れるとまた入れ直さなければならない。太極拳の師などは常に入っている。腰の王子も然り。それは大きな差です。四正勁と四隅勁が完璧になった時には体の歪みもほぼなくなるだろう・・・・も少し頑張らなければならない。

 

2025/3/11 <膝の曲げ方>

 

  下の動画はバレエの下肢の基礎的訓練だが、膝を曲げる時に膝を動かしてはいけない、という注意点は通常の歩行にも通じるもの。太極拳で言えば、円裆や提膝、あるいは、虚歩(抜き足)とつながる。

 

 実は、この膝の扱い方は上肢の肘でも同じこと。肘を曲げる時に肘を曲げようとするとアウトだ。膝を曲げる時は、太ももの裏側を伸ばすのと同様、肘を曲げる時は二の腕を伸ばす必要がある。そうしなければ、股関節と膝関節の連動、あるいは、肩関節と肘関節の連動はおこらない。

2025/3/9

 

 上腕骨の内旋、外旋は腕と胴体を連動させるためには必須の条件。

 太極拳では上腕骨の内旋は腕の逆チャンスー、外旋は順チャンスーにあたるが、内旋、外旋を繰り返すことにより、上腕骨と肩甲骨の連動が深まっていく。もちろんその時に丹田を抜かないのが前提で、丹田を作らずにただ内旋外旋をしても、タコのような動きになってしまう・・・

  

 上腕がうまく使えれば、股関節はとても使い勝手が良くなる。股関節に隙間が空くからだ。逆に言えば、上腕の使い方が下手だと、股関節の隙間ができず、前腿が張ったり膝を痛めたりする。

 

 昨日、今日のレッスンでは、日常生活における上腕(=肘)の使い方の例をいくつか挙げた。太極拳で学ぶものは、日常生活に活かしてこそ意味があるからだ。特に、腕や手の使い方は、日常生活で稽古ができる。

 どうやってゴミを拾うのか?

 この問いに太極拳的にどう答えるのか?

 

 私は師父の日常動作を観察して多くのことを学んだ。

 師というのは一緒にいるだけで多くを学べる存在だ。先生とは違うのだ。

 

 劉師父がものを拾う時、ものを持ち上げる時、その動作を見て、私はおや?と思ったものだ。何度も何度も見て、なるほど、と理解した。上腕を回転させているのだ。

 今日のレッスンで生徒さんたちに地面にある物を拾う動作をやってもらったが、何も考えずに拾うのと、師父のように腕を使って拾うという二つの動作を比べたら、いつもの動作がいかに腰に悪いか、体に余計な負担をかけているかが理解できたようだった。

 そう、太極拳で学ぶ動きはとても合理的!

 

 私も家事をしていて、時々、この動作は間違えている・・・と気づくことがある。

コーヒーをドリップしていて、なんか体がしっくりこない。はまっていない。ケトルはどう持つべきなのか?(左はイメージ画像です)

 

しっくりこない時は上腕が抜けている(つまり、肘が抜けている)時だ。上腕を使うには、それなりの姿勢を保つ必要がある。

歩き方が正しい人、所作が美しい(正しい)人を見かけたら、その人は何か”道”的なものを学んでいるはず・・・と私はマークをしてしまいます。職人さんにそういう人が多いかな。

 

 

 半分遊び心で、ゴミを拾う人のイメージ画像を見てみました。

 日本人のゴミ拾いと、中国人のゴミ拾い、画像をざっと見ると大まかな違いが明らかに・・・。(上腕を見たかったのだけど、その前にもっと明らかな違いに気づいてしまった)

 

 下↓は日本人たち。

 

 そして下↓は中国人。

 

 パッと見ると、中国人達の方がガッツリ俯いている、

例えば左の二人。

似たような姿勢なのですいが、左の中国の女性は、お尻、骨盤、胯、にしっかり体重をかけて股関節で体を折り曲げている。

 

これに対して、右の日本人の女性はお尻、骨盤、胯に体重をかけず、腰で上体を倒しています。

 

結果として、左の中国女性には足に力があるが、右の日本女性は足が浮いてしまっている。

 

上段2枚は中国人。

胯に乗って股関節を屈曲することで膝が曲がっている。腿裏ハムストリングスの連動だ。

 

これに対し下段の日本人は、やはり、胯(股関節)よりも先に腰椎を曲げてしまうため、ハムストリングスが使えず膝が正しく曲がらない。→中国人のように足が踏ん張れない。

 

左端が中国人。その他2枚は日本人。

 

よく見ないと分からないかもですが、左端の中国女子は、股関節を折って、足裏→アキレス・ふくらはぎ→腿裏→背骨(尾骨から頚椎まで)、と、膀胱経のラインを通しています。

右の日本人達の首が凹んで頭が繋がっていないのは、仙骨・尾骨が使われていないから。(首を立てるには仙骨が立っている(=ストレッチされている)必要がある)。

私たち日本人はやはり腰椎から体を倒す癖があるようだ・・・なぜかしら?

 

 

 

 

 いずれにしろ、下半身に力を保つには腹圧を抜いてはいけない。腰から体を折るとお腹が凹んで腹圧が抜けてしまう(丹田がなくなる)。逆に、股関節から体を折るには腹圧が必要。腰の王子の「おじぎ体操」の意義が再発見される結果となりました。

 

 

 

 <追記>

実は、股関節がちゃんと屈曲すれば上腕は使えます=肘がしっかり張れます。

股関節が曖昧だと肩関節も曖昧で上腕も曖昧、肘も曖昧で、結局、前腕(小手先)で動作を行なってしまう。

 

上のゴミ拾いの画像を見ると、日本人は一人も肘が使えていない。しかし、中国人は傍や肘が使えている=上腕が使えている。

肘を張れないと墜肘ができない、ということを師父からも教わりましたが、墜肘についてはまたいつか書きます。

 

 

2025/2/27 <重心移動=重心を移動させる>

 

 前回のメモから二週間も経ってしまった。

 前回のメモの続きを書くはずでしたが・・・

 

 今日のグループレッスンで取り上げた項目の中に、前回書ききれなかった大事な点が含まれていました。

  それは、ザ・重心移動!

 

 結論から書くと、簡化を含め現在普及している多くの太極拳の問題点は、重心を移動させずに動いているということ。

 重心は胴体の中にあるのだが、そもそも重心を意識できていないので重心を動かすことができないのでは?

 

 

 つまり、実の詰まった胴体という物体を、脚を動かして運んでいる感じだ。

 これは、老人の歩き方・・・

 

 実際には、重心を動かすことによって脚は動く。

 子供達はそうやって歩いたり走ったりしている。

 

 重心を腹のある高さに整え、それを、腰の方から(命門から)臍の方へ移すのが重心移動になる。重心は誰にでもあるが、それを意識しやすくするために、太極拳では丹田という身体感覚を作っておく。つまり、丹田を動かすことによって重心移動が行われるのだ。

 すると脚の付け根は丹田になる。

 

 いずれは腕の付け根も丹田に結びつけていくので、最終的には丹田を動かせば、体が隅々まで動く、というように持っていくことになる。

 

 太極拳では重心は落としているが、体は落ちていない。それは丹田から脚が生えているからだ。丹田は沈める作用があると同時に、浮かせる作用がある。(ここも誤解があるところかも?)

 体が落ちてしまうと、動きが遅くなる。

 そもそも加齢によって体が落ちていくのに、それを加速させるような運動は逆効果だ。

 太極拳が高齢者に好まれるのは、体が落ちていてもできるような動き(四肢運動)になっているからかもしれないが(ヒップホップなど背骨を激しく動かすものは無理になります・・・)、実際には、背骨を活性化させるような運動が太極拳だ。このあたりの誤解が少しでも解けるとよいかと思います。

 

 

 <その他、今日のレッスンの題目>

 チャンスーの基礎 (これも簡化では完全に省かれている。肩甲骨が動かないような腕の使い方になってしまっている)

 脚を開くのではなく、股を使う方法(そのためには後ろ足の蹴り、抜き足が必要)

 蹴るためには地面の反発力が必要

 鼠蹊部を緩める、とは?(これも誤解されていそう・・・)

2025/2/14 <摆脚からの重心移動から学ぶこと 「稍节领 中节随  根节催」 抜背>

 

 今週のレッスンの内容は難易度が上がってしまいました・・・

 

 週前半のオンラインのクラスでは、体軸を使って足技(摆脚,扣脚)や提膝を行うことを教えようと試みた・・・というのは、最近の太極拳の演舞を見ると、足技を下半身でやっているようなものが多いから。

 大きな蹴り技を練習すると如何に上半身が大事かが分かるのだけど、小さな足の動き、例えば、虚歩になるための踵の上げ方や、(地面で)摆脚/扣脚をする時の足首の背屈の仕方などが、末端運動に終わってしまいがち。

  摆脚/扣脚は本来、身体の回転運動をもたらす動き。身体を回転させる練習をしたことがあれば、軸の感覚は得られやすいが、套路の中で45度程度の摆脚/扣脚を単発で行っても軸の感覚は得られないのだろう。

 

 軸が得られなければ、腹(中丹田)の回転で足首を回す練習をする。

 背屈が腹でされていればその後の重心移動も自然に成功する。

 

 下は簡化24式の模範演技。第2式野马分踪。1回目の野马分踪が完成(①)したところから2回目の野马分踪に向かう途中の動きです。

 ①→②で後ろの右足へ体重移動、と同時に前足の左足は背屈になる

 ③で左足の摆脚(足先を外に向けること)、そこから徐々に前足に体重が移動していき⑧で体重が完全に移動しきった状態です。

 

 簡化だけを学んでいる人は上のような動きが模範的だと思うかもしれませんが、実は上の動きは上半身と下半身がバラバラです。太極拳的には「上下相随」になっていないといいます。

 

 下の馮志強老師の動きと比べてみてください。

馮老師の4枚の画像の下に、それぞれ対応する上の簡化の模範演技の画像を並べてみました。

 

 馮老師の①と簡化の② :後ろ足体重 前足背屈

 馮老師の②と簡化の③ :前足摆し始め まだ後ろ足体重

 馮老師の③と簡化の⑤ :前足摆後半  体重は前足に移動

 表老師の④と簡化の⑧ :前足への重心移動完成

 

 

 左の馮老師を見て、おや?っと思うのは、思った以上に頭(額)が前に出ている、ということだ。

 馮老師は、上丹田(両目目を眉間に集めている)から前進、順次その下の頸椎胸椎腰椎仙椎尾椎、と連動がかかって足が動いている。

 これに対し、簡化の動きは、足(腿)が先に動いて、その後から体と頭が動く。

 

 どちらが正しいか?

 歩くにしろ、走るにしろ、どんなスポーツを行っても、動きは上から下へと連動する。

 まずは、目、そして上肢や胸、それから腰、そして下肢だ。

 動物が突進する時も頭から突進する。

 子供の走り方もそうだ。

 

 が、歳をとるにつれ、上半身から動けなくなる。危険を感じて一目散に走る時は頭部が体よりも先に行こうとするはず。ただ、体は置いていかれそうになるかも? 坂道を降りる時、体に任せて勢いよく駆け降りていったら足がもつれて転ぶかもしれない。そんな不安があるから、ついつい、脚が歩いて脚の上に胴体を置くようになり、ますます上半身は歩けなくなる。次第に老人の歩き方になってくる。

 

 簡化の歩法はあたかも老人の歩き方の練習をしているようだ。

 大きな問題がある。

 太極拳の、「稍节领 中节随  根节催」という原則の逆をやってしまっている。

 ひょっとすると「力は踵から出る」という原則とごちゃごちゃになっているのかも?(昔の私のように)

 

 推手では、「稍节领 中节随  根节催」が絶対的に必要になる。

 「稍节领 中节随  根节催」は人体の3つの節に当てはめるが、体全体なら、頭部(目や手)が末節、腰が中節、足が根節だ。意味は、目や手が動きを導き、腰はそれに従い、足はその動きをせき立てて始動させる、ということになるだろう。短距離走のクラウチングスタートや水泳の飛び込みを考えれば分かりやすい。足が床を蹴るのは、突進しようとする頭部や上半身の動きをせきたてるためなのだ。足が蹴っても上半身がびくともしなければ、下半身はつねに上半身というお荷物を背負って歩かなければならない・・・・

 

 太極拳で背中を弓にするのは、目から尾骨まで、すなわち、脊椎の連動をかけるためだ。

実際、馮老師の背中は張った弓になっている。一方、簡化の背中は、ただ背中をまっすぐにしているだけで、背骨を引き抜いていない。背中から背骨を引き抜く、すなわち、『抜背』ができていないので(私から見ると、背中が緩すぎる!)、上半身=胴体が自立して動くことができない。胴体が一塊の重い荷物のようになってしまっている(すでに老人化?)のは抜背のための基本的訓練がなされていないからだろう。

 

  さらに続く・・・

         

2025/2/7 <肩甲骨を下げる? 沈肩とは?>

 

  生徒さんから嬉しいメッセージ。

 

 前回のメモに記したように、今週は、肩と上腕の隙間を開けるためのレッスンをした。

 これは肩から腕を外してしまうようなもので、マネキンの腕がポロンと落ちるような感じだ。これは「肩抜き」と言われるものと同じはずだが、生徒さんからのメッセージには「肩ポロン」と書かれていた。実は、これは太極拳の「沈肩」の結果起こる現象なのだが、「沈肩」の程度は様々なので、最終的には肩と上腕骨が分離して、肩ポロン(腕ポロン?)ができれば沈肩はできた、ということになる。

 

 その生徒さんは肩甲骨が甲羅のように背中(肋骨)に貼り付いてしまっているのが悩みだった。どうにかして肩甲骨を引き剥がさないと・・・とこれまでも頑張ってきて、次第に肩甲骨を動かせるようになってきた。

 

 彼女からのメッセージ

「肩にロックがかかり重い起勢が、肩ポロンでとても軽くできるようになりました。

始める前に意識して、肩を後転させてはいたのですが、隙間が大事だったんだなとようやく認識した次第。それにしても本当に奥が深くて面白いです。」

 

 起式のポンをする前に肩ポロンをしておく、という話でした。

 沈肩をしようとして、肩甲骨を後転させて下げようとすると陥りやすい罠があります・・・

 

 彼女のメッセージに対する私のメッセージ

 肩ポロン!私も気づいたらやるようにしています。 肩を後ろし回すだけだと肩甲骨が寄って使えない...バレエの時に注意されて、肩ポロンやったら、OKサインが出ました。普遍性がありますね。」

 

 そう、バレエのレッスンで 「もっと肩甲骨を下げて!」と言われて私がやってしまったのがまさに肩を後ろに回す動作。「下げてと言っただけで、寄せろとは言ってませんよ!」とすぐに注意されたのでした。

 そこで、私は、肩甲骨を下げようとはせずに、肩を抜く、肩関節の隙間を開く動きに切り替えてみました。すると先生から、OKのサイン。

 

 私のメッセージに対しての生徒さんのメッセージ。

「肩甲骨が寄って使えなかったのですね。ロックがかかってからは、肘から先を押し出したり(とても小さな起勢でした)、呼吸を意識してみたりして、試行錯誤していました。

身体に向ける目が少し広くなりました。ありがとうございます。」

 

  彼女の言う通り、肩甲骨を寄せてしまうと肩関節にロックがかかります。

  だから、太極拳では(おそらくどんなスポーツでも)肩甲骨を寄せて使うことはありません。(師父もそう言っていたのを今更ながら思い出しました)

 

  肩抜き、肩ポロンをすると、嫌でも含胸になります。

  逆に言えば、含胸にならないと肩と上腕骨の隙間が開かない(肩関節の隙間が開かない)。

  含胸はなかなか分からない人が多いので、それなら、肩ポロンの練習をしてみると良いかと思ったりします。

2025/2/5 <放松と引き上げ、天の気と地の気 隙間を開ける 開合>

 

  立位において、重力は頭から足方向=下向きのベクトルの力として表される。

  ”放松”というのは、重力に逆らわない、重力を使う、すなわち、下向きのベクトルの力だ。

  ただ、重力だけでは私たちは立っていられない。重力に逆らうだけの上向きのベクトルの力が必要になる。これが地面からの反発力、あるいは、引き上げ、と呼ばれるものだ。

 

  天の気と地の気と呼ばれるものは、上の二つの力を象徴的に表現したものだ。

 

  そして、気を溜める、という時は、二つの力を合体させている。

  下向きの力と上向きの力が出会って混ざったところ、そこで、体の内部に気の塊が生まれたように感じる。

 

  まずはは上から下に流す練習をする。これが「降気洗臓功」であり、無極のタントウ功だ。しっかり放松して、頭頂から足裏まで気を流す。流せるようにする。

  足裏まで気が通らないと 、湧泉で地の気を吸い上げることができない(=地面の反発力を得ることができない)。すなわち、下から上向きの引き上げの力を生むだすことができない。会陰を引き上げる、というのがとても大事になるけれども、これも、立位では足裏、座位では尻といった地面に接している部分がなければがなければ引き上げることはできない。

 

   足裏まで通ったら引き上げを加味する。そして上から下向きの力(気)と腹で合体させる。そうしてできるのが丹田だ。

 

   現在普及している規定系の太極拳は引き上げがとても弱い。本来の太極拳よりも体が落ちてしまっているのは引き上げができていないからだ。引き上げができていなければ丹田もない。

   丹田は体を落とさないための一つの方法になる。

   加齢によって普通は胴体が重く下半身にのしかかってくるのを食い止める作用がある。脊椎をバラバラにして可動性のある背骨をつくる役目もある。それによって四肢運動(=体操)になるのを避けることもできる。胴体も固められなくなる。

 

   丹田を作らずにそのような体を作ることも可能だけれども(腰の王子のような手段を使う)、丹田を作った方が簡単だと感じる人もいるかもしれないと思う。(例えば、おはようおやすみ体操を丹田の回転で行うのと、極端な発声をして何十もの眼目をひとつずつクリアしていくのと、どちらが簡単か? ある程度丹田の回転ができれば眼目の主要な部分は一気にクリアできてしまうので、その後で細部を調整すればよい、ということになる。)

 

   1月後半に着目していた円裆は、結論からいうと、とても高いレベルの引き上げが必要だ。女性の場合は鳩尾近くまで気を引き上げて胃のあたりに丹田を作らないと股は使えない(ということが生徒さんたちとの練習で判明しました)。体が落ちると、お尻が落ちてお尻と太ももの境界線が曖昧になってしまうように、股と太ももの境界線(=内胯)が曖昧になってしまう・・・ 私が劉師父について学び始めた時、最初に言われたことの一つが「ずっと引き上げておくように!」ということでした。太極拳の練習の時だけでなく、日常生活の中で常に引き上げを意識するように、引き上げている状態が癖になって意識しなくてもそうなるまで意識し続けるように、と。(引き上げ練習のことは書き始めると膨大になりそうなので敢えてここでストップ。)

 

   現在私が太極拳を積極的に人に勧めない理由は、引き上げを怠って放松だけを留意して行う太極拳が蔓延しているから。引き上げずに力を抜けば、必ず体は落ちてしまう。老人が膝を痛めるに至るプロセスを太極拳で加速化させているようなもの。

   

   北京体育大学や上海体育大学などを卒業した先生だから、といって習いにいく日本人は多いが(私もそうでした・・・)、10代20代は元気(先天の気)の量も多く、そもそも”引き上がって”いる。若者は気を溜める必要がないし、引き上げを意識する必要もない。そういうことを知らずに卒業してきた先生に中高年が学んでも体の中の使い方は学べない。

師父は「大学で太極拳が学べるわけがない。」と普通に話していたが、それはそこでは外(筋骨皮)の使い方しか学べないからだ。

 

  ”引き上げ”というのは筋肉で引き上げるのだろうが、そのためには、そのような気持ちにならないと引き上がらないのだ。いくら会陰を引き上げたくても、どこをどう操作すればそうなるのか、そのスイッチが見つけられないとうまくいかない。そのスイッチをこれでもか!というほど教えてくれるのは腰の王子だ。そのまま太極拳に使えなくても、そこで感覚を得られれば太極拳に応用できる。

  太極拳の外形の要領の中で、引き上げに繋がるものの一つの例が、「微笑」だ。

 坐禅でも「少し口角を上げる」という。

  少し微笑みを浮かべることで口角を上げると、内側も少し引き上がる。

  口角を下げてへの字にすると会陰も落ちる。体が落ちる。

  だから、引き上げのためには、できるだけ、上機嫌な方が良いのだ。しかめっつらをしていると体は下がる。免疫力は落ちる。老化も加速する。

  顔は嘘でも笑みを浮かべている方がいいのだ。

  腰の王子の「とんがりコーン」の古いバージョンの中には、真剣な顔から笑い顔へ一気に変える練習が含まれていたが、これには、鬱々とした気持ちを、顔の筋肉を動かすことで解消する、外が内側を変える、という効果を狙ったものだった。

 

  放松に関して言えば、最初の放松は、ただ力を抜いて下向きに気を流せば良いが、足裏から気を引き上げられるようになれば、次の放松の質は変わるのだ。引き上げと放松という相反するようなものが同時に存在することがある、これが、陰陽転換を行う太極図のようになっている。

 

  沈肩は引き上げよりも放松のグループに属する要領だが、今日のグループレッスンで行った、肩関節を開く(肩と上腕骨の隙間を広げる)ことによって沈肩にする練習は、実は引き上げがあった方がより上手にできる。

 

   ↓肩と上腕骨の隙間(=肩関節)を広げるメカニズム

  

 

 前提として知っておいてほしいのは、太極拳の要は、隙間(関節)を連動させて体を動かす、ということ。『節節貫通』だ。関節をつないで全身をひと纏まりにして連動させる。

 だから、関節(隙間)を意識的に開いておく必要がある。脊椎と脊椎の間の隙間を開けば背骨は伸びる。股関節、膝、足首、という”隙間”も開いておく。

 その、”隙間を開く”という作業に必要なのが、上で説明した”放松”(下から上への気の流れ)と”引き上げ(上から下への気の流れ)だ。

  

  上の図では、例えとして、肩と上腕を引き離す(肩関節を開く)時の力の使い方を表してみた。

  

  上腕骨は下向きに、重力に引っ張られるように伸ばす。

  これに対し、肩は上腕骨についていかないように、胸、体の中央に向かって引っ張る。

  そうすると、肩関節は開く。

  

  どの関節でも同じだ。二つの相反する力で引っ張り合いさせることで隙間は開く。

  この二つの力を養うのがタントウ功や内功だ。(套路だけで二つの力を養うのは(天才以外は)まず無理だろう。

 

  興味深いのは、この放松の流れ、は、『開』をもたらし、気は中心から末端に向かう。逆に、引き上げの流れは、『合』をもたらし、気は末端から中心へと向かう。

  太極拳はこの、『開』と『合』の繰り返しだ。太極拳が『開合拳』と呼ばれていたというのはそんな理由による。『開合』がなければ太極拳ではない→二つの方向への気の流れを意識的に利用する必要がある。

 

2025/1/31

 

  二週間にわたって、トリセツの2つのエクササイズから园裆の作り方と意味を教えるようなレッスンをしました。

   

  ポイントは、

  园裆は会陰を引き上げて会陰部をストレッチすることで作られるけれども、

  ①会陰の引き上げやストレッチはその部分を意識して動かそうとしてもうまくいかない

  →内転筋を股の中に引き込む!

  そして、

  ②内腿を起動させるには、トリセツの「ひざ肉」=内側広筋をトリガーポイントとして使う。

  さらに、

  ③内側広筋を使うには、足首のくるぶしから脛の骨を回転してさせる。

 

  実際にやる場合には、③→②→①の順番になる。

  つまり、足から膝(内側広筋)と通過して、内腿(内転筋)から股、そして骨盤の中に入って、完成形は、それによって骨盤が立つ、ということになる。

  下から上向きの流れであることに注意!

 

  頭から胴体を通って、股を作ろうとすると(上から下向きの流れ)、体が落ちてしまって园裆はできない。

  园裆は引き上げ、すなわち、下から上向きへの身体操作が必要だ。足が地面の反発力を得ていないと無理だということが分かる。

 

  そういう意味で、トリセツの内側広筋の筋トレ方法はナイス!とても賢い!

  椅子に座って足首をクロスして、脛の骨を下から操作して膝上のポイント(血海穴のあたり)に力を入れられるようにする。

  番組の方法はここで終わりだが、その後、クロスした足首を真っ直ぐ自分の方に引いて(股の方に近づけて)いくと膝から股に向かって内腿に力が入ってきて、同時に上体が立ち上がってくるようになる。腹筋を使わないのに、上体が90度まで立ち上がってくれば成功。内転筋によって骨盤が立つ、という経験ができる。

 

  私が実際に生徒さんたちに試して気づいたのは、内腿を締める癖がある人は内転筋がうまく作動しない=骨盤を立られない。内腿は伸ばして使うから、できるだけ放松させる。

あたかも、電車で寝てしまって股がだらしなく開いてしまった、そんな感じの内腿だ。

内転筋を鍛えようと思って、股が開かないように両腿を閉じるような練習をしてしまうと、実際には内転筋が使えなくなる。このあたりは腰の王子も同じことを言っていた。

  王子も、劉師父も、それぞれ別の手段で、内腿から股に入る練習を教えてくれていたが、このトリセツのエクササイズをやって、その意義がさらにはっきりしたのでした。

 

 坐禅で骨盤が立つのも、内転筋をうまく使うから。

 脛が回せれば案外簡単。

 股関節で奮闘しているとうまくいかない。

 脛で膝を上げるのが提膝、そのまま脛を上げ続ければ股関節のロックが外れて腿は高く上がる。

 膝を股関節で上げようとすると股関節にロックがかかって腿が上がってしまう、高く上げようとすると骨盤が動いてしまう、

 下肢の操作は足から上向きにつないで行うと機敏になる。太極拳は足が巧みだというのはそういうこと(サッカーの選手と同じ)。

 

  歳をとって転倒を防ぎたいなら、腿の筋肉を鍛えるのではなく、足の中の関節や足首から脛を器用にした方が良いかも。

2025/1/28

 

 先週はトリセツの二つのエクササイズを入り口に、円裆を理解してもらおうとレッスンをしました。

 円裆はかなり勘違いされている・・・

 

 円裆は股(おしめをする範囲)の力を使う要領。

 まずは、股がどこなのか、はっきり認識できる必要がある。(頭で認識して、体で認識する。)

 

 股は右腿と左腿の付け根の間。会陰部だ。

 会陰部は胴体の底、右腿と左腿をつなぐ場所でもある。

 腿ではなく会陰部を使うことにより、足裏にダイレクトに体重が乗って地面からの反発力が得られるようになる。

 この、会陰部の力を使う要領が円裆だ。

 

 ↓男女の会陰部の図 https://en.wikipedia.org/wiki/Perineum

 

 画像の中のグレーの矢印は私が加筆したもの。

 会陰部の力はそのように四方にストレッチされて使われる。

 しっかり張られることによって骨盤底筋は強くなる。弛んでいると内臓が下がる。

 

 会陰部を張るには、会陰を引き上げるのが必須。下がっていると弛んでしまう。

 円裆は外からみた股ぐらの形(馬に乗っているような形のドーム型の股ぐら)だが、実際には、会陰を引き上げて骨盤底筋をストレッチして使うとそのような外形になる、ということだ。ただ外形を真似しようとしてもできないので注意が必要。

 

 

  テニスでも、全身の協調で打つ選手は股を使う。力技の選手は腿を使う。

が、超一流はやはり、股が使える!

 

 ジョコビッチは咄嗟に会陰部がストレッチされるような体の仕様になっている=胴体主導

 錦織君は脚が出る。

 会陰の引き上げにかなりの差がある。

 

 普通のフォアハンドでも、ジョコビッチは頭頂から会陰が真っ直ぐにつながって頭の先から足の先までが協調している=力みがない。それに比べると錦織君の体には力みが目立つ。

 

 会陰を引き上げると股が上に切り上がるので脚はすらっとして実際よりも長く見える。

 

2025/1/20 <膝の軟骨を若返らせるトリセツ>

 

  先週木曜夜に放映されていたNHKのトリセツ「膝若返り」はとても興味深い内容だった。(一週間はNHKプラスで見られるのでぜひ見て下さい)

  要点は2つ。

  ①軟骨のハリを甦らせるための「ゆる屈伸」

  ②膝を守る「ひざ肉」(内側広筋)の簡単な鍛え方

  でした。(https://www.nhk.jp/p/torisetsu-show/ts/J6MX7VP885/blog/bl/pnR8azdZNB/bp/pELRvjgqAw/

 

  なんと、どちらも太極拳の基本的な動き!

  ならば、太極拳は膝に良い運動。膝を養う運動のはず・・・

  

  が、実際には、太極拳をやり込んで膝を悪くする人はとても多い。

  中腰姿勢だから?という単純な原因ではないことを、上の番組は教えてくれています。

  もう一度、基本に戻る必要ありです。

 

  ①のゆる屈伸 ↓

 

 

  ポイントはゆるい負荷。そして膝を90度以上曲げない。

  面白い事実は、膝を伸ばす時に軟骨に美容液(関節液)が吸い込まれるということ。

  スポンジと同じだ。ここを大事にしないと膝は蘇らない。

  (バレエのプリエで、膝を曲げる時よりも、伸ばす時に時間をかけるのもそういうことかも?)

 

  そういう観点で見てみると・・・

 左側の簡化の動き。膝が曲がったまま動いてる?!

   これは膝に圧をかけ続けてる→膝に悪い動き。

 

 右側の陳式の動き。陳式では膝をつねに回しながら動くことを学ぶ(18個の球:関節、を回しながら動く)。膝は柔らかく屈伸を繰り返す。これなら膝は傷まない。

 

そして、②の「ひざ肉」=内側広筋の話。

 

←内側広筋(https://www.judo-akimoto.com/sports_medicine6.html)

 

 この筋肉は普通に歩いたり走ったりしてもほとんど使われない。若い人でも霜降り化していることを番組では指摘していた。

 調べてみると、加齢につれて両腿の間がスカスカになる(O脚になる)傾向があるのもこの筋肉やさらに内側の内転筋が萎縮するからだそう。

 

 番組では座ってできる簡単な内側広筋強化法を伝授してくれていた。

 

 これをやってみてはっきりしたのだが、なんと、これは、太極拳の円裆ではないか! 正確に言うと、円裆にするから内転筋や内側広筋が常に使われて体幹部がしっかりし、膝も守られる。

 

  

    ここで簡化と陳式(混元)の起式の際にひざ肉(内側広筋)が使われているかどうかをチェックしてみよう。

 

 

 やはり・・・

 簡化では大腿直筋で屈伸していて、内転筋はおろか、内側広筋も使われていない。

 陳式では内転筋や内側広筋などの腿の内側かフルに使われている。円裆にするからそうなるのだけれども・・・

 

 トリセツの6秒筋トレを恥骨筋まで働くように多少進化させてやれば、円裆の感覚が得られます。

 

 太極拳が残念なことになっている理由は、本来は膝の軟骨を若返らせるような動きをするはずのところを、普及目的で単純化させたために膝に負担を負わせる体操になってしまった、というところかなぁ。

2025/1/12 <制定拳について 雑記>

 

  太極拳はもともと門外不出で継承されてきたが、それを国民の健康維持に役立てようと(中国)国家に制定し直されたもの(制定拳)が、現在中国国外に多く広まっている。私が最初にスポーツクラブで習ったのも、その入門編、簡化24式だった。

  

  太極拳を国家が制定する、というのは、流派がたくさん存在する太極拳の世界では考えられないことだった。日本の例でいえば、現在の空手には流派がたくさんあるが、それらをまとめて国家が認定する標準空手を制定する、というようなものだ。どの流派もそのような動きに反対するだろう。

  ただ、日本の柔道は空手のように流派が分裂せず、講道館という組織がまとめている。歴史的には、嘉納治五郎がそれまでの技中心の柔術に心身の鍛錬という要素を加え体育教育に資する「柔道」を制定したという経緯がある。

  制定された、という点では太極拳と柔道は似ているが、大きく異なるのは、制定された太極拳には攻防が抜け落ちているということだ。(柔道は2人で取っ組み合いになるもので、そこには、一人で演舞をする、ということはない。一人で型を練習する作業はあったとしても最終的には相手がなければ柔道はできない。これに対し、制定された太極拳のメインは一人で行う演舞で、遊び程度に推手をしてもこれまた示し合わせた演舞になっているようだ。示し合わせて力を出し合っても決まった運動神経を使う繰り返しで、新たな神経回路の開発の望みは薄い。つまり、身体開発、ができない。ほとんどの場合は腿を太くするだけの運動になってしまっている?)

 

  共産党支配による中国では、長い間、武術の師は国家からすると危険人物だった。実際、馮老師も国家にそのように目をつけられていて、堂々と外に出られないような状況があったという。一方、国家は、国家にとって脅威にならない太極拳、保健太極拳、スポーツ太極拳を作っていった。体育大学の教授に加えさまざまな流派の老師が呼ばれ、その編纂にあたった。民間の流派(陳・楊・呉・孫・武・和)の老師達からすれば、国家に貢献することで、その風当たりを弱める、という効果もあったらしい。馮老師も国家から表彰を受けた後、やっと胸を張って太極拳を広めることができるようになったという。(追記、中国国家体育部が、国民の健康を高め、中国武術文化の継承を図るために太極拳を統一しようという試みの最初の成果が1956年の24式簡化太極拳。その後、スポーツの要素も加味した様々な拳が制定されている。)

 

  師父の話では、中国国内においては、制定された太極拳は暫しの間広まったが、ほどなく人々は伝統的な太極拳に戻っていったとのことだ。(少なくとも武術のメッカ、鄭州ではそうらしい)人々は会話の中で、「自分は太極拳を学んでいる」、と言うと、必ず「で、何式?」と聞かれるそうだ。その時に、「国家のだ」なんて答えるのは恥ずかしいらしい・・・

  伝統的な太極拳に馴染んでいる人たちは、体育大学で学んだだけの人たちが教える太極拳には見向きもしない。太極拳が大学にいる4年で学べるわけがないことも知っている。形だけの真似になってしまうことも分かっている。結局、体育大学出身の老師達は海外で外国人に教えることで生計を立てることになる。日本にもたくさんの体育大学出身の老師達がいるが、私も太極拳の入り口でそのような老師にお世話になったことを考えるとやはりその存在意義は高いと思う。ただ、そこで真の太極拳を学べるとは思わない方が良いだろう・・・少林拳や長拳などの外家拳をやりながら太極拳までできる、というのはとても怪しい。陳項老師のように、もともと八極拳(外家拳)を極めた人が太極拳を学ぶと、八極拳自体が太極拳の体の使い方、力の出し方に変わる、というのが本当だ。外家拳の体の使い方、力の出し方では太極拳はできないが、太極拳の体の使い方、力の出し方で外家拳を行うとレベルの高い拳になる。

2025/1/11

 

  昨日の話題、『虚霊頂勁』 について追加。

 

虚霊頂勁ができているかどうかは、比較をしないと分かりづらいかと思うので、①本家本元の楊式太極拳の師と、②国家制定拳の有名な老師の形、動きを比べてみた。(民間派VS学院派)

 ①杨振铎 https://youtu.be/yyrOvfCYvM4?si=kJLQMgxrlf2hH5Bi

 ②李德印 https://youtu.be/RxQhocwB568?si=ZoBpYNC8xKULfok0 

 

  下はそれぞれの搂膝拗步の動きの一部。

 

  2人はどこが違うだろうか?

 

 私が感動したのは、上段の杨振铎の顔の向きが、右向きから正面へときれいにグラデーションで変化していっていること。

 すると、顔が正面を向いた時にはもう相手を打てる状態になっている。

 (下段の李徳印の動きでは、顔が正面に向いた時にまだ打てる状態ではない。)

 

例えばこの一瞬。

 

楊老師は右目の隅で右手を、左目の角で左手を見ている。

 

 

 

 上と似たような場面。

 

この時李老師の”両目”は下を向いている。右手も見ていないし、左手も見ていない。

 

 ついでに言えば、提膝にもなっていない。左の腿を上げているがために腿に力が入ってしまっている。腿に力を入れれば(股関節にロックがかかるので)背骨が硬直するのは必至。頸椎も硬直するので、上の楊老師のような微妙な動きはできなる。(演舞として成り立っても実践は無理)

 

  ↓ 搂膝拗步の最初のところの楊老師のクローズアップの画像

 

 全ての瞬間において左目と右目、各々が動いているのが分かるだろうか?

 

←例えば、この画像。

 

一見手を見ていないように見えるが、これは両手を視野にいれている目線。

目を後ろに引いている(常に目は後ろに引いています)

 

こちらは上の李徳印先生の娘さんでやはりとても有名な老師だが、やはり目線が落ちて手から離れてしまっている。

 

すると、虚霊頂勁も見事に失われてしまう。目が外れているのだから当然だが。

これはお父さんの李徳印も同じだ(↓下の画像)

 その点、杨振铎は終始一貫して頂勁を保っている。

 

 下の2人の画像を比較して見ると、李徳印の頭が下がってしまった、という以前に、彼が全く手を見ていない(視野に入れていない)というのに驚いてしまう。

 

 結局、このような目の使い方では、腰の王子の指摘するように、頸椎の1番、2番は働いていない。脳を支えるところの関節はほぼ目の高さにあるが、ここが動かなければ頸椎3、4、5番で頭を支えることになり、両目は十分に動かない。

 両目を後ろに引く、という要領は、頸椎1、2番を動かすための要領とも言えるだろう。

 両目をいろいろな方向に動かすことで脊椎関節が回旋運動をし捻りがかかる。

 冒頭の、杨振铎と李徳員の4コマの連続写真を比べると、実は、杨振铎の背骨には捻りがかかっている。捻りがかかることで全身の連動が可能になる。背骨をただ真っ直ぐにしているだけではロボットのような動きしかできない。

 


2025/1/9 <虚霊頂勁 首を立てない 上丹田と目 うがい体操>

 

  太極拳の基本姿勢を学ぶ時、最初に言われるのは、「虚霊頂勁」ではないだろうか?

 まず「虚霊頂勁」があって、それからその他の要領が続く。つまり、厳密に言えば「沈肩」をするにも「含胸」をするにも、「松胯」をするにも、「虚霊頂勁」が必要だということだ。

  が、実は「虚霊頂勁」は全身の気がある程度貫通しないとその感覚は得られない。最初はなんとなく、そんな感じ、で始めるしかない。そして体の上部から下部へとそれぞれの要領をある程度クリアして、足裏に気がしっかり落ちて根が張っると、頭頂の感覚はまた変化する。

 

  一般的に陥りやすい過ちは、「虚霊頂勁」の後ろ半分、「頂勁」だけをやってしまうことだ。そうすると、”首を立てた”感じになる。

首を立てると、私のイメージでは、左の画像の中にいる鶏冠を立てた雄鶏のような感じ。

 

以前私のところに練習に来た男性の生徒さんは八卦掌をやっているとのことだったが、内功をさせた時に何かおかしいと思ったら、頭のてっぺんを動かさないようにしているためか首が硬直してしまっていた。

 

 

 首は頭蓋骨と胸郭の繋ぎ目。

 腰は胸郭と骨盤の繋ぎ目。

 繋ぎ目である首や腰には力をいれない。

 

 

 「頂勁」の前に「虚霊」がついていることに注意する。

 「虚」というのは「実」の逆。てっぺんは「実」、ギュッと詰まっていてはいけない。空間がある。

 「霊」というのは中国語で「軽くて素早い」という意味。重くて鈍重であってはならない、ということだ。

 

 練習していくと、この、「虚」「霊」の感じは結局、目の在り方、使い方によるもの、すなわち、上丹田が定まっているか否かに関係するということが分かるのだが、その大前提として、頸椎と胸椎がある程度開発されないとその感覚や得られないだろう。

 

   下の馮志強老師のようなマスターは目が鋭く、動きのどこで一時停止をかけても目が鋭く外れていない(上丹田がしっかり定まっている)

 普通の老師レベルだと、目が時々泳いでいる(上丹田が入っていない)

 また、外家拳のような太極拳をする人たちは常に鶏冠が立っている・・・

 

 簡化24式を練習している人に多いのが、重心が後ろ過ぎることだが、それは目が眉間に集まっていないせいかもしれない。両目でただ手を追っていては頸椎の開発はできない=虚霊頂勁はできない。

 両目で手を追っているような動きの場合、一時停止でよく見ると、実際にはちゃんと手を見ていないということが多々ある。

 

 

 頭部に関連する骨は頸椎一番(環椎)から胸椎3、4番までで、首は胸椎から始まると思っている方が使いやすい。

 

 下にその辺りを説明した腰の王子の動画を紹介するが、これまた、学べることがいっぱい。

 立腰体操をしたらうがいがちゃんとできる体になる、と言うが、同じように、太極拳を練習してもうがいが上手になる。というのは、立腰体操は全ての脊椎関節のバラバラ化を図った体操で、太極拳は脊椎関節をバラバラにして貫通させる周天を前提として組み立てられている拳だからだ。

 動画で王子が説明しているように、脊椎関節は動かしやすい箇所と動かしにくい箇所がある。頸椎で言えば、頸椎3、4、5番は使いやすく、頸椎1番2番、胸椎1、2、3番はほとんどの大人は動かせない。結果として頸椎3、4、5番が過剰な負担がかかる。

 虚霊頂勁は頸椎の1番と頭蓋骨の間の関節(環椎後頭関節)が意識的に動かせることが前提になる。目はそのラインで動く。

 

 まずはうがいでその辺りの練習をするのも良いかもしれない。目もしっかり動くだろう。

2025/1/7 < 按(アン)の仕方から学ぶこと>

 

   毎週火曜夜に行っているグループのオンラインレッスン。現在は4人のクラスで進行中だが、その中に全くの太極拳初心者で参加した生徒さんがいる。

 スポーツクラブで簡化24式を習い始めたところ、というところで参加したのが2023年の10月。そこそこ太極拳をやった経験のある人たちに混ざっての参加だった。

 私が教えるのは内側から動くということ、スポーツクラブなどでは学べない太極拳の本当の体の使い方。だから、丹田とか、気とかがマストになる。

 最初はチンプンカンプンのようで、私も少し不安になったこともあったが、グループで他の生徒さん達のアドバイスももらいながら、よく頑張っていた。

 

 そして昨日のレッスン。

 腕を下げる動き(アンの動き)を厳密に教えてみたところ、きちんと気を腹底まで落とせたのはその彼女だった。

 太極拳の基本の動き、ポン・リュー・ジー・アンは、単なる腕の動きではない。内側の気の動かし方だ。

 ポンの時は、会陰を引き上げて内気を上方に動かす

 リューは、眉間のツボを引く、

 ジーは、両肩甲骨に挟まれた脊椎のツボを開く

 アンは、胸のダン中のツボから関元穴まで気を下ろす

 

 このような内気の動きが腕の動きとなって現れるのだ。

 

 この4つの中で最も単純な動きが、ポンとアン。

 簡化24式の起式にもある動きだ。

 

 が、ポンとアンがちゃんとできるようになるにはかなりの練習がいる。

 最初は上の動画のように形だけ真似をしたようになるのは当たり前。

 これはまだ太極拳とは言えない。

 

 アンができないとポンはできないので、私はまずアンだけ教えてみた。

 アンは上から下に気を下す動き。含胸をして気沈丹田を行う。といっても、この場合の丹田は臍下丹田ではなくて、関元穴、膀胱、あるいは子宮の高さのツボだ。ここまで気を下げられれば、両手は胴体の延長になる。

 上の動画のような動きでは、腕はいつまでたっても、肩から上げて肩から下げる、という、四肢運動を脱却できない。(せめて胸鎖関節から使えればよいが、胸鎖関節から腕を使おうとすると含胸をする必要がある・・・大衆に広めるために制定された太極拳では含胸の要領は削除されているように思う)

 

 オンラインに限らず対面でもこの気の動きを教えるのは難しい。

 気を下さなければならないのに、上の動画のように腰を下ろて体まで下ろしてしまうとお尻や腿に座ってしまう。体重は常に足裏に落ちなければならない。体を下ろさずに気を下す、というのが分かるまでに時間がかかるのだが、冒頭に紹介した初心者だった生徒さんが昨日見事にそれをやってのけた。

 うまくできた彼女に、そのままポーズをとらせたまま、「どんな感じがしますか?」と聞いたら、「きついです。汗が出ます。」と一言。これは、横隔膜を下ろして腹圧を上げて骨盤底筋まで気を下ろした時の感覚だ。

 太極拳の動きの中には、白鹤亮翅のように、片手は上にあるが、反対の手はアンをしている、というものがたくさんある。意識すべきは上の手ではなく、アンの手だ。アンを意識することにより、気が骨盤底筋まで沈み=足裏まで気が達し、それと同時に地面からの反発力を得て、上に上げる手の威力が増す。

 

 腕の動きは腕でやるのではなく、胴体の中のポンプで行っている。

 これが”分かる”ようになれば、太極拳に入門した、という。

 

 同じ生徒さんが、練習の最後に、「あのようなアンの状態をとった時に、股の奥に少し空間が空くような感じになります。」と言っていたがそれは下丹田(会陰を引き上げ、かつ、胸や腹の気を骨盤底筋の近くまで下ろしてきた時にできる空間)の感覚で、それがあると、股関節に隙間が開いて、脚が軽くなる。

 

  私も、タントウ功をしていた時に、「腿、脚も放松しろ!」、と師父に言われて面食らったことがあったが、脚に力が入っているようでは俊敏には動けない。師父に言われたことを以前男の生徒さんに言った時、「脚の力を抜いたら立ってられないじゃないですか?」と反発を受けてこれまた面食らったことがあったが、”脚の力を抜く”というのがどういうことなのか、もう少し自分で試行錯誤する頭や心の広さがあればその先に進めただろうと思う。

  結論から言えば、股関節の隙間ができれば脚は力が抜けるのだが、そのためには、気がちゃんと下丹田まで下ろせる必要がある。アンがちゃんとできるためにも、下丹田まで気が下ろせる必要がある、

  臍下の丹田だけでは足りない。

  丹田の大きさが伸縮自在になれば達人だ。

2025/1/4

 

 新年明けましておめでとうございます!

 

 今年最初に見た腰の王子の動画がまたまた素晴らしかったので紹介します。

 

 前半の「スリスリ体操」のコツは手にあり。

 普通の人は、股関節だけで体を倒す。それでは倒し始めの時は体は腑抜けの状態。

 「動き始めから動きたい」という王子の言葉、昔の私には禅問答のように聞こえただろう。が、初動から技になる太極拳もまさにその通り。ということは、初動からしっかりと関節を使っている必要がある。

 つまり、

 スリスリ体操だと、まず腰仙関節(腰椎5番と仙骨の間の関節)が起動しなければならない。それから、仙腸関節。そうすれば、脊椎の関節も動き出す。

 股関節が使われる前に、すでにたくさんの関節が動いているのだ。

 

 これは、とても単純な太極拳の馬歩や弓歩でも同じ。

 馬歩や弓歩などで腰を落とす時に、股関節しか使っていないような人は、王子の言葉で言えば、”達人”ではない。ましてや太極拳の場合は普通のスポーツよりもさらに関節を総動員することを特徴にしているので、股関節しか使えないようだと太極拳を教える資格はない。脊椎がバラバラに使えるような教え方をする師が求められるところだが、実際には背骨を固めてしまって股関節に頼っているような太極拳の方が出回っている。

 王子が動画でちらっと言っているように、股関節で曲げると腰に来る、が、仙骨で曲げれば(腰仙関節を使えば)腰に来ない、というのもまさにその通りだ。

 

 動画の後半は含蓄のある話。

 学んだことを活かそうとしてはいけない・・・

 これは前半の話よりもずっとずっと深い話。

 太極拳などを超えた普遍的な真理の話。

 それをこんなに分かりやすく説明できる王子はやはりすごいなぁ、と新年から良いものを見たと思ったのでした。

 

 今年はどこまで進むかなぁ?

 

2024/12/26

    さすが志村けん!
 浜ちゃんは腿上げ、志村けんは提膝。
 股関節をちゃんと折り曲げられるかどうか。


  https://youtube.com/shorts/ag2d3Jwmvpo?si=Mls5xH3HA0KrtY7W

2024/12/21

 

 今年のレッスンもそろそろ終わりに近づいた。

 

 レッスンメモを少し。

 

 頭に浮かんだ順。

 

 ①引き上げ 

  どのくらい引き上げるのか? 踵を持ち上げた状態(爪先立ち)で安定させる。できれば両足を交差した状態で。うまく導いて上げると臍下に力が集まるのが分かる。それが(中)丹田。それから踵をゆっくり下ろしていく、丹田が消えないように。地面に足裏が全部ついてもその状態が保持できていると、地面からの反発力を得る感覚が得られる。

  恥骨側を引き上げれば、背中側は気が降りる。順回転になる。

  女子は意識的に恥骨を上に上げるようにする。

 

  ちなみに、虚歩は爪先立ちだ。

  爪先立ちという言い方は正確ではないが、踵を上げても、踵と母指球、小指球の三点を使って立っている必要がある。(参考のyoutube動画あり)

 

 ②重心の移動

  足首の背屈の状態から足裏を地面につけていく。そのような動作は歩行時に限らず太極拳の時にも頻繁に出てくるが、背屈の状態の時は足首を開いて指を開く。そこから足裏を順々に地面につけていくと勝手に重心が移動する。

  あるいは、脛の骨、あるいは大腿骨の入れ替え運動をしっかりする。これはここでの説明は割愛。脛の骨がしっかり動かないと重心移動はできない・・・というのをレッスンでは試してもらいました。

 

 ③眼の使い方

  長い間太極拳を学んでいる人でも、両目で手を見ていたりする。

  両目で右手だけ見て、左手だけ見て・・・そんなことをすると体の中の引っ張り合いが起こらないので丹田もなくなってしまう。

  なんか上手く体の中が繋がらない、と簡化24式の中のいくつかの動きを質問してきた生徒さんがいたが、体の中のつながりを得るには、右目と左目は別々に使う必要がある。単純に言えば、右眼で右手を、左目で左手を、たとえ本当に見ることができなくても、見ようとする。それだけで随分動きが変わる。

  眼の使い方で頚椎、背骨の使われ方が変わる。

  右から左を見るにはどのように眼を使うのか?

  これもレッスンで試してもらいました。

 

 ④変顔

  レッスンをしてると、変顔になったりすることがありますが・・・・

  腰の王子の常套手段、変顔をしてみると、内側の気の流れが分かります。

  今日は、気づいたら猪木の顎になっている生徒さんがいたけれど、これは、志村けんのアイーンの顎。これを使うと含胸で気を下ろす(横隔膜を下げる)感覚が分かります。

 (これも参考動画あり。探し出したら載せます。)

 

 ⑤手、手首

  これも適当過ぎ。手型は太極拳の大事な要素。今日のレッスンでは半ば強引に生徒さんのポンの手の形を作ってあげましたが、皆、え〜、こんなにキツいの〜? と驚いた感じ。普段使っていない関節を総動員する必要がある。

2024/12/14 <軸を通すことと軸足 マイケルと馮老師>

 

 しばらくマイケルジャクソンの動画ばかり見ていたが、次第にその動きにはパターンがあって、それらはマイケルの身体が自然にそう動くからそうなっている、というのに気づいた。逆に言えば、マイケルのような身体でない人が真似をしようとするとぎこちなくなる。そういう身体ではないからだ。身体の在り方が身体の動きを決める、そんなことを思ったりした。

 あと、ダンサーがマイケルのように踊れない大きな要因は、普通のダンサーはマイケルのように唄いながら踊らないからでは?あの発声、リズムの取り方、合いの手のような発声や、ポー!、全てが動きに影響を与えている。そしてなんといってもあの軸!裏声を多用することと大いに関係ありだと見た。

 

  マイケルの動き、片足立の瞬間を見ると、アレっと思うことがしばしば。

 左と真ん中のマイケルの片足立ち、不思議な感じがしませんか?

 比較すればはっきりする。

 普通の片足立は、右端の人のようなもの。

 何が違う?

 

 私がマイケルの画像を見た時、よくこのバランスでは片足を上げられるなぁ、さすがだ、と感心した。普通の人ならバランスがとれない。というのは、軸足に体重が乗り切っていないからだ。

 普通は、右端の人のように、軸足に体重を乗せてもう片足を上げる。

 

 が、ここが達人と普通の人の差。

 軸足に体重を乗せてしまった画像を見ると動きが止まってる感があるのは否めない。

 

 実は似たようなことを感じたことがある。

 馮志強老師の動きだ。

 

 

https://youtu.be/J4w_62WX9Rk?si=Dn2H3GOEB8hB1-eu

 

上の動画から一番最後の震脚のところを切り抜いてみた。

 

これだけ見ると、そんなものかと思うかもしれないが、普通の老師はそうはならない。

 

 陳正雷老師は日本でも有名な老師だが、上の

馮老師に比べると普通な感じだ。

 体重が軸足に乗ってしまっている。

 

 実は片足を地面から離す時に、体重を全て軸足に移してしまうと提膝(抜き足)はできない。ただ腿上げになってしまう(股関節にロックがかかる)。

 

 上の馮老師の画像をよく見ると、老師の腿は股関節よりも高く上がっている。これに対し、陳老師の腿は股関節から水平ラインだ(膝が抜けていない)。

 陳老師のこの画像は明らかにカメラ目線で撮られているので、そもそも軸が通らないので仕方がないのかもしれないが、一応比較の材料として使わせてもらうと、この2人の比較は、上のマイケルと別のダンサーとの比較とよく似ているのだ。

 

 更によく見ると、馮老師の軸足はしっかり地面からの反発力をえているが(地面から上向きのベクトルの力が働いている)、陳老師の画像では、足は下向きに床を踏んでいるだけでもう片方の足が上がるだけの十分な反発力を得られていない。

 

 

  マイケルと馮老師の似ている点を見ていたら、たまたま腰の王子がこんな言葉を発しているのに出会した。

 「皆、軸足を作ることを意識しすぎ。軸足を作ったら軸は通りません。体重を両方の足にかけると重心は真ん中にくる。重心を動かさずに片足を動かせるようにならないと・・・」

 軸足を作ったら軸が通らない、なんて衝撃的な言葉!

 マイケルは軸があるから軸足がいらない。軸は両足の真ん中を通るのだから。

 武術においては、あからさまに軸足を作ると動きが止まってしまう、読まれてしまうのだろう。まだまだ奥が深いのでした・・・

2024/12/13 <軸、回旋、中正、含胸>

 

 前回のマイケルジャクソンから間が空いてしまいましたが・・・。

 きっと画像を比べて見ると本物とモノマネの違いがわかると思います。

 モノマネの方は、どこか、キマッていない、と感じる。

 理由は分からなくても直感的に分かってしまう、というのは面白い。

 

 服装や顔はともかく、マイケルジャクソンのポーズを正確に真似できる人(一流ダンサーも含めて)がほとんどいないが、それは、”軸”、脊柱起立筋ではなく多裂筋を駆使した”捻りの軸”が真似できないからだ。

   

 上の3枚はマイケルじゃないのが分かると思うが・・・

 

 右側の本物は、もっと捻れている!

捻れているから、軸が通っている!

 

左のモノマネは、頚椎から仙骨までに捻りがかかっていないので(そもそも含胸を全くしていない!)上半身と下半身が分断している。まっすぐ前を向いて股関節だけで股を開いているからどこかパロディに見える。

マイケルは頚椎のてっぺんから回旋をかけている。

 

 頭の向きが違うのが分かると思うが、マイケルの顔の向きが正面に近いのは、モノマネの人よりも回旋が多いからだ。

 

このポーズの下半身は骨盤が左に回旋しているが、モノマネの人は左に捻った骨盤に対して背骨を右に回旋してポーズをとっている。

が、マイケルは、左に回旋している骨盤に対し、胸椎下部から腰椎は右回旋、胸椎上部は左回旋、そして頚椎上部で右回旋、といった感じで数回捻りをかけている。すると背骨のコイルが巻かれるので軸がしっかりし安定する。

 

 モノマネの人の軸が2軸に見え(両足に重心がかかっている)、マイケルが1軸に見える(両足の真ん中に軸が落ちる)のは背骨の捻りをつかって軸を作っているかどうかの違い。

 そしてとても大事なのは、胸椎の捻りを入れるにあたって、含胸は必須だということ。

 モノマネの人はそもそも含胸ができていない・・・ということは胸椎を操ることができないということ。

 

 マイケルは含胸の名人だ。

 

 右のものまねは含胸をしていないので、頭部と胴体と骨盤の関係がちくはぐだ。(平面的な動きに見える)

 

 左のマイケルはやはり含胸をしていて、背骨が通って足先までつながっている。そしてここから回転もできるような3D的な構えだ。

 

 

 

 

普通に立っているだけでも、本物のマイケルなら左のようには立たないだろう・・・

これじゃあ普通の人。ちょっと間抜けな感じ(気が足に落ちていない)

やはり、右のように含胸をしているはず。足がしっかり地面に根を生やす。

 

モノマネのポーズに共通するのは、絵に描いたような平面的なポーズになること。本物は常に3次元、奥行きがあります。

含胸をしないと奥行きは出ない。

 

 

上のような比較はそのまま太極拳にも当てはまる。

 

中正ということを、背骨をまっすぐ動かさない、という意味に履き違えると、四肢運動になってしまう。

 

背骨を屈曲伸展、側屈、回旋させることで、体の軸はまっすぐに保たれている。

 

太極拳の入門として広まっている簡化や規定された太極拳では 含胸を省いて教えているようなきらいがある。脊椎を細かく動かさずに背骨を棒として使っているようだ。

 上のように比較すると、マイケルジャクソンとモノマネの比較と同じ帰結になると思うのは私だけではないはず。

2024/12/8

 

 いまさら、マイケルジャクソン!

 鼠蹊部の隙間について説明していたらマイケルジャクソン、ポー!のポーズになってしまったのをきっかけに、彼の体の使い方を再確認中。

 

 世の中にはそっくりさんがたくさんいるようですが、彼の動きを真似るのは不可能に近い。マイケルのバックダンサーよりもマイケルの方がダンスの質は格上だと昔から思っていたけれど、そもそも彼は"King of Dance "と呼ばれていたのですね。今になってそれを思い知るとは何と時代遅れ(苦笑)

 

 ともあれ、

 下の画像の中で偽物(ものまねの人)がどれか、分かってしまうと思うのですが、ポーズのキメ方に違いが出てくる身体の構造的な違いを説明できればと画像を見ています...

 

 

2024/11/29 <立ち方 坐骨と踵の関係、膝裏の力>

 

  立ち方について、今更ながらまた説明してみました。

 

  太極拳の外見的な立ち方の特徴は、体を倒さずに頭頂を真上に保つことですが、それは単純な筋力(力)に頼るのではなく、全身の経(経絡)を通すことによって内気(勁)を使う、という力の使い方が根本にあります。

  全身を繋ぐ、経を通す、ためには、足裏得られる地面からの反発力を最大限に得ることがとても大事になります(地の気を得る、と表現される)。

 

 太極拳の基本姿勢の馬歩や弓歩では膝が曲がっていますが、今週のレッスンで行った肘の構造がそのまま膝に当てはまります。

 肘は、前腕を上腕に、上腕を前腕に、同時に近づけることによって、強い肘になる。

 同じように、

 膝は、ハムストリングスを脹脛に、脹脛をハムストリングスに、同時に近づけることによって、(ただ伸ばしているよりも)強固な膝になる。

 肘がしっかりすれば腕が、膝がしっかりすれば脚がしっかりする。

 その感覚はレッスンで試してもらいました。

 

 そして膝。

 ハムストリングスを脹脛に近づけることはできても、脹脛をハムストリングスに近づけるのは難しいかも? そのためには足の中も動かさなければなりません。また、そもそもハムストリングスの感覚を得るのが難しい人も多いような。

 別の言い方で言うと、脚を曲げる要領は、坐骨を踵に近づけるようにする、ということ。

 随分前のブログでそれについて詳しく書いたことがあると思います。

 発生学的に根拠のある原理だそうです。

 

発生学的に踵と坐骨は近位にあった、と聞いてなるほど、と思ったことがありました。

(聞いた話で、ウラはとっていません)

 

『踵から力が出る』と太極拳で言われるのは、地面からの反発力を足裏で得た後、踵→膝裏→(ハムストリングス)→坐骨

という経路で、アクセル筋のハムストリングスが起動するからだと解釈しています。

 

踵と坐骨を近づけると膝が曲がりハムストリングスが収縮する。足首は背屈になる。

ここで膝裏と足首にエネルギーが溜まる。

そこから足裏が地面を蹴ることによって、足首や膝裏のエネルギーが爆発してジャンプ、前進する。

 上の右四つ足動物の骨格図を見るとそれが想像できるはず。

 

そして、私達人間の体も構造は同じ。

 膝を曲げる、いや、坐骨と踵を近づけて膝が曲がることによって、膝や足首にエネルギーが溜まり、伸ばすことによって力が発揮できるのだ。(よーい、ドン!です)

 

 太極拳の立ち方、腰を下ろした立ち方は、エネルギーを溜める立ち方ですが、脚に関して言えば、そういうこと。

 坐骨の下には常に踵があるように立つ。

 それは高い姿勢でも低い姿勢でも同じ。

 

 タントウ功、基本姿勢を作る時に、坐骨と踵が近づくようにすると膝が曲がるが、それでもって頭を足裏の上に置いておこうとすると、嫌でもお尻を中にいれる必要がある。

 お尻を出すと坐骨と踵の位置関係が崩れてしまい、上半身と下半身が分断され、太極拳の動きはできなくなる。

 

 ということで、レッスン中の動画をアップします。

 (坐骨と踵の関係について動画では詳しく説明していないので、ここに書きました。)

2024/11/28

 

  気づいた方もいるかと思いますが、X(旧twitter)にちょっとした呟きを投稿するようになりました。そのリンクは左コラム上のカツラ猫写真の上にあります。普段ブログにしっかり書き込めないようなことが多々あるので、そのメモ代わりに使おうと投稿を始めました。

  覗いてみて下さい。

2024/11/27 <しっかりした強固な肘を作る>

 

 前回の肘の隙間の使い方に関して。

 実際にレッスンで教えてはっきりしたのは、

 肘は<前腕を上腕に近づけると同時に、上腕を前腕に近づけるようにする(肘を圧迫するようにする)>とある地点で肘がしっかりと強固になる、ということだ。

 

 私達は”肘を曲げる”と表現するけれども、本当は肘という隙間を曲げることはできない。

 やっているのは、前腕を上腕に近づけるか、上腕を前腕に近づけるか、もしくは両者を同時に行うか、そういう運動だ。そうすると、”肘が曲がる”。

 

 日叙情生活でも肘を曲げて行う動作はとても多い。

 今私がパソコンに向かってキーボードを叩いて文章を書いているが、この時も当然肘が曲がっている。

 


 普段肘の曲げ具合なんて気にもしないかもしれないが、太極拳では肘を無造作に曲げたりはしない。肘を真っ直ぐ伸ばしているよりも曲げた方が腕自体が強くなるからそうしている。それはテニスでも野球のバッテイングでもバレエでもピアノを弾くのでも同じだ。肘が曲がることで腕の関節(手首、肘、肩)が貫通し、腕が胴体からぶら下がっている付属物ではなく、あたかも胴体のような主体性を持つのだ。太極拳で五弓、と言えば、背骨と両腕両脚を指すが、背骨と左腕や右脚が同列に並んでいる、というのも面白い。しかし、腕はそのくらい存在力と威力があるのだ。

 

 例えばパソコンに向かってキーボードを使う姿勢として、肘の曲げ方の観点から見るとどうなるのか?

 

上の左の図は https://miki-site.com/pc-goodposture

右図は https://support.nec-lavie.jp/navigate/application/prevent/useful/20140304/index02.html

 

 

 上の二つの図は肘の曲げ具合が違う。

 左は鈍角、右は90度だ。

 まず、普通は90度の場合は肘自体に力が出ない。上腕と前腕は肘で分断する。 

 実は、冒頭の赤字で書いたように、普通は上腕と前腕、双方向から肘を圧迫するように折りたたむと肘は鈍角にしかならないのだ。90度に近づくと肘の力が抜けてしまう。(肘の力を保持したまま90度よりも狭くしたければ、思いっきり丹田を腹底に押し込まなくてはならない。)

 

 そういう観点から言うと、普通は左の図のようにパソコンから少し離れた感じで肘を90度以上開いている方が良い。上腕と前腕が一体として使えるからだ。

 もし、右側のように肘を90度に固定するならば、肩を沈め、胸を抑えて(含胸をして)、気を下っ腹の奥まで沈み込ませる必要がある。そうすれば90度、それ以下もありだ。

 丹田が臍あたりなら、90度以上開いている方が妥当・・・

 

 この肘の角度と丹田の位置の関係は練習しているうちに自然に得ていくものだ。が、それには眼法を含めた内側の意識の鍛錬が必要だ。

 

 太極拳は防御が攻撃になる、ということは、防御が前提だ。腕が強くないと、腕で相手の攻撃を止められない。つまり、強い腕がいる。その要になるのは肘かもしれない。『墜肘』というのも、冒頭の要領で作っしっかりとした強い肘が前提だ。というか、『沈肩』をしてそのように肘を作れば『墜肘』になってしまう。(本当は、しっかり沈肩をしてから、前腕を上腕に近づけようとすれば、強い肘が作られてしまう。万が一、間違えて沈肩をせずに圧迫した肘を作った場合はそこから沈肩をすれば墜肘になるはず。)

 

  と、レッスンでこれを教えたが、それを套路にすぐに適用させる前に、簡単な動功や食器洗いや拭き掃除、荷物運び、など、簡単な日常生活の動作で、強い肘を作って行う練習が必要だと思った。套路で練習するなら、単式を集中して練習すること。

 

 実は、この肘の使い方はそのまま膝に当てはまる。

 膝を曲げるのではなく、膝は曲がるのだが、それは、太ももを脹脛に近づけると同時に脹脛を太ももに近づけることで起こる。肘と同じ原理だ。

 中腰になる時、腰を下げてお尻を床に近づけたりしているようでは膝は正しく曲がらない。強固な膝を作るには、ハムストリングスと脹脛、あるいは、坐骨とアキレス腱、の意識が必要だ。ハムストリングスを脹脛、アキレス腱に近づける、というのはやりやすいかもしれない。が、脹脛やアキレス腱をハムストリングスに近づける、という下から上向きの動作はどうだろう?この上向きの動作は結局は足裏のアーチ(湧泉)の引き上げによって行われることになるのだが、これができないと、正しく膝は曲がらない。太ももを脹脛に、そして脹脛を太ももに、双方から近づけることで、膝はキュッと力が出るのが分かるはず。そう、膝裏です!膝裏が強い、これが膝が曲がることで得られる効果です。

 膝を自分から曲げてしまうと、膝上の前腿だけ鍛えることになるので注意。

 

 

 

2024/11/20 <肘という隙間の操り方 節節貫通を目指して アイーン>

 

 『肘』というのは太極拳の八法の一つだ。(太极八法とは太極拳の基本の八つの動き。

捋、挤、按、采、挒、肘、靠)

 文字通り、肘技、エルボーだ。

 

 肘技の練習をすると肩や胸、上肢の使い方が身についてくる。

 すると、普通に拳で打とうが、掌でジーをしようが、相手の攻撃をリューで躱そうが、手を使う時に自然に肘、二の腕が使えるようになってくる。

 

 

 逆に言えば、そのような練習をしたことがない場合、多くの確率で”肘”は使えていない。

 ”肘”が分からないまま太極拳を続けても、四肢運動に留まり、ラジオ体操の域を超えない。

 まずは自分の手腕の使い方を見直すべきだ。

 そして、肘、二の腕が使えていないのが気づくことが大事だ。

 私自身は、自分が肘や二の腕が使えていないことを自覚するのに何年もかかった。師父は、しばしば、「肘のポンができていない!」と注意してくれていたのだが、その根本的な原因が自分の肘の意識がぼやけていることだと気づくまでに時間がかかってしまった。

 それに気づくと、太極拳のパズルが解けてくるようになる。

 ああ、そうだったのか〜、と他の部位についても同じような意識をもって見直すことになるのだ。

 肘関節は比較的扱いやすい関節だから、ここでその要領を知って、理解してしまえば、それが、膝関節でも股関節でも、肩関節、脊椎の関節・・・どの関節でも同じ原理が適用される。そうやって、身体中の関節が連動して体は一つのまとまりとして動いているのだ、と『節節貫通』が理解できるようになる。(たとえ全身が貫通していなくても、この延長線上にあるのだ、とはっきり分かる)

 

 

  肘は尺骨と上腕骨の繋ぎ目だが、その位置は思っているよりも上腕側にある。二の腕の一番下、肘頭の少し上に指で確認できる凹みがあるが、そこが、尺骨が上腕骨に組み込まれている場所、肘関節だ。

 

  

 が、普通、「肘を曲げて」、と言われると、どこに肘関節があるのか意識しないまま、私達はなんとなく前腕を上腕骨に近づくように動かしている。なんとなく前腕を動かして肘を曲げても、その時に上腕や肩を無意識的に動かしてしまっているため、関節が連動して全身運動をもたらすような”肘”の使い方にはならない。腰の王子の言い方を借りれば、「小手先運動」になってしまっている。 それでは太極拳にはならない。

 

図で説明してみる。

 

肘関節は上腕骨と尺骨の間の隙間。

この肘という隙間を隙間を使って、その次の隙間(関節)である、手首(前腕と手の隙間)や肩関節(上腕骨と肩甲骨の隙間)に影響を与えられるようにするには下のような3つの動かし方がある。

 

一つ目は、上腕骨を全く動かさずに尺骨だけ動かす(上腕骨に近づけるように)方法。ちゃんとできれば、二の腕が伸ばされて、肩関節の隙間が広がる。

 

二つ目は上腕骨を尺骨に近づけるように動かす方法。(前腕を動かさない)

これは腕立て伏せで体を床に近づける動きの時に使われる。(肩関節に力を入れず開いておけば、胸や腹に連動がかかる。)

 

三つ目は上腕骨と尺骨をともにお互いの方向に向かって近づけるように動かす方法。この方法が最も理想的だ。太極拳のリューもこの方法で引っ張る。(①の方法でリューをしたら、引っ張った相手が自分にぶつかって終わってしまう。②の方法でリューをしたら、相手を引っ張ったら自分が相手に衝突します。)

 太極拳に多いジー(推す)のもこの3つ目を使う。推手も然り。大事なのは、いかにジー(推す)をするか=腕を伸ばすか、ではなく、ジーをする前に以下に腕を畳むのか(肘を曲げるのか)だ。肘が正しく畳めていないと、腕を伸ばして推した時に腕だけで推すような小手先運動になってしまう。それでは全く威力がないし、何のために太極拳の練習をしているのか分からない。太極拳の醍醐味は、胴体のポンプ運動が手まで到達することで得られる。そのためには③のように畳む必要がある。それができると、肩甲骨も起動し、前鋸筋も使われ脇の力、胸の力、腹の力、足の力、と全身が連動するようになってくる。

 

   二の腕を使う、というのは、思った以上に難しく、しかし手を胴体化する要であるため、他のスポーツでも重要視されるところだ。二の腕の使い方が下手だと上半身のコントロールができないので、上半身が塊として下半身に乗ってしまう→脚にとって負担、股関節や膝に負担がかかる。

   バレエでもポールドブラと言って腕の動きだけの練習がある。これも二の腕をちゃんと使えるようにする練習だ。その腕がないと、ジャンプもピルエットも、脚を高く上げることもできない。

 

  腰の王子の「とんがりコーン体操」も肘を正しく曲げる練習だ。アイーン体操というのもある。志村けんは天才♪と王子がポロッと言っていたが・・・本当のアイーンはどうなのか? と動画を見たら、確かに、ちゃんと二の腕を使っていました。「アイ〜ン」と言いながらやると二の腕が伸びる。この口の形が二の腕を引っ張るみたい。いろんな顔や口の形をすることで連動がかかる・・・とはいえ、太極拳ではこんな顔はできません(笑)要領を掴んだら顔芸なしでできるようにすれば良いと思います。

2024/11/13

 

 胸椎の可動性、これは太極拳では見逃されがちだ。

 胴体を真っ直ぐに保つ、という単純な認識でいると、胴体はあたかも一塊の箱のようになってしまう。塊の胴体から四肢が生えているのはロボットだが、人間も老いていくとそのような体に近づいてくる。それに追い打ちをかけるような練習をしてはならない。

 

 各々の脊椎と脊椎の間は関節で可動性がある。

 関節は、一言で言えば ”隙間”だ。

 この”隙間”を意識して動いていくのが太極拳だ。

 筋肉や骨を意識して動くわけではない。

 私の師を含め中国のマスターたちは筋肉や骨で説明をしない。経絡と穴位(ツボ)で指導をする。「命門を開ける」という「命門」もツボの名前だ。背骨でいえば、腰椎の2番と3番の間。つまり、「命門を開けろ」と言われたら、腰椎の2番と3番の間の隙間を開ける、広げるようにする。脊椎間にはそれぞれツボがあるから、全部を開けられれば、どの脊椎も意識的に動かせるようになる。そこまでいけば達人(腰の王子レベル)。

 

 <以下、題目のみ。時間があれ後で書きます>

 

 ①骨と骨の隙間を見つけるには?

 ②その隙間を広げるには?

 ③頭を回す運動がチャンスー功の第一番目の練習として挙げられている。

 それは何故か?

 頭を横に向ける時に頚椎しか使わないのであれば、チャンスー功として取り上げられている意味がない。

 

 

  胸椎上部と頚椎は頭と同じ方向に回転するが、胸椎5番以下と腰椎はそれと反対に回る。つまり、背骨に捻りをかけている。

 

 ④胴体が真っ直ぐに見えても内側では捻りがかかっているのがミソ。

 ⑤眼法の基本 目が動き出す時に目玉と瞼を分離させる。太極拳の套路で目が手を見るのはその眼法の練習。内視と同じことになる。

 ⑥胸椎が硬いと腰に負担がかかる

   例えば、このブログを参照 https://ekoc2020.com/column/%E8%83%B8%E9%83%AD%E3%81%AE%E5%8F%AF%E5%8B%95%E6%80%A7%E3%81%8C%E6%9C%80%E3%82%82%E5%A4%A7%E5%88%87%E3%81%AA%EF%BC%95%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1/

 

 ⑦太極拳の「含胸」は胸椎の可動域を増やすための要領  これをしないと胸椎を動かせない→四肢運動になる。また、「含胸」をする時に体を落とさない、引き上げておくことが大事。胴体は中に風船が入って浮いたようになるのが理想(上の写真の馮老師のように)。含胸は胸を凹ませることではなく、胸郭に空気を含むこと。沈肩とセットで行うことによって脇で呼吸できるようになる(外から呼吸が見えなくなる)。(含胸がきちんとできている老師はなかなかいないので、それができている老師に出会えればラッキーです。)

 ⑧女性は特に、体が落ちないように引き上げを注意する必要あり。太極拳は下に落ちるような姿勢をとるのでますます体が下がってしまう危険性がある。

 「気は落として体は引き上げる」

 足裏まで気を落とせないと体は引き上げられない。地面からの反発力を得るのが引き上げのコツ。地面を踏みしめているようでは反発力は得られない。これも馮老師のようなお手本的な動きをしっかり学ぶこと。

2024/11/2 <スポーツと養生法 四肢運動から内側へ 内視の重要性>

 

  健康で体に故障がなければスポーツを楽しめる。

  スポーツの語源は、”気晴らし”、”気分転換”。体を動かして楽しむ、ゲームをして楽しむ、観戦して楽しむ。

  スポーツの語源には健康を増進する、という概念はない。それは後から付け加えられるようになったものだ。”体を動かして気分転換をすることは、心身の健康を促進する”、といったように。

 

  日本の学校にある「体育」という概念は独特だ。心身の鍛錬をする、そういった目的が入っている。気晴らし、ではすまされなものがある。

  日本のような「体育」という授業のある国は珍しいようだ。私がいたフランスには「体育」という授業はなく、スポーツをさせたかったら親が自分でクラブなどを探さなければならなかった。アメリカやシンガポールも球技やゲームをさせるくらいで、中国ではスポーツは選抜組が行うもののような位置付けのようだ。(参照:https://haa.athuman.com/media/japanese/culture/2154/)

 

  ただ、中国には独特の概念がある。

  それは「養生法」だ。健康を保持促進し、疾病を防ぐための方法だ。体の弱い人もそれによって健康を取り戻す。

  養生をして長寿を目指す、というのは中国文化の根底にある道教的な概念で、中医学の基礎。ここから気功法も生まれてくる。

   

  太極拳が養生法になり得るのはそのベースが気功法だからだ。平たく言えば、呼吸を使って気血を全身に巡らせるものだからだ。横隔膜呼吸、丹田呼吸が必要になるのはそのためで、それができるようになると、背骨がバラバラになって(脊椎間の隙間ができて)体の中心から動くことができるようになる。

   

  病気は内臓に現れるもので、呼吸によって内臓が活性化すると働きが良くなる。体の内側が強くなる。よくある腰痛や膝痛も胴体の内側が動かないために胴体が塊になってしまっていることが根本原因で、背骨を使えるようになれば”浮身”がかかり、腰や股関節、膝への負担が減る。腰痛や膝痛の場合は積極的に”回す”と治りやすいのは、そこを回そうとすることでその部位周辺に”隙間”=ちょっとした浮身がかかるからだ。病院に行くと昔は動かさないように、と勧められることが多かったが、今では積極的に動かすことを勧める医者も増えてきた。

 

 (私は30代にスポーツ中左膝の前十字靭帯を断絶し、手術直前に担当医師が転勤してしまったため手術するのを諦めてしまった。うまく体重を乗せないと膝が滑って腫れてしまうため、それまでやっていたスポーツはできなくなってしまった。できるのはゆっくり慎重に動く太極拳だけ。この怪我をきっかけに運動は太極拳に絞られるようになった。結局いつの間にか膝は治っていて、10年ほど経った頃には、どちら側の膝を怪我したのかを本当に思い出せなくなって、病院に電話をして問い合わせたほど。

  靭帯の手術の名医を探して手術の日程まで決めて、それが直前にそれが流れてしまいがっかりしていた私。その時その医師に、「(手術をしなくても)、切れた靭帯が繋がってしまったりすることはありますか?」と聞いたら、「人体は神秘だからなぁ〜。」と答えたのを自分の都合の良いように受け取った。今、昔のことを思い出しながら、身体はうまく使えばちゃんと回復するんだなぁ、と思う。)

 

 太極拳は体を内側から鍛える作用があるけれども、それはあくまでも内側の練習をした場合。

 昨今広まっている太極拳は、ゆっくり動いているが、四肢運動にしかなっていないもの、もしくは、カンフーのアクロバットの見せ物になっているものが多い。

 

 ”内側の練習”と言って、何が”外”で何が”内”かが分からないで太極拳の練習をしている人は、まず、内側の練習はできていない。

 内側から動くためには、まず、内側を見ることができなければならない。

 だから、まず、『内視』の練習をする。

 太極拳は『内視』をしたまま行うし、その癖がつけば、ラジオ体操も腰の王子の体操も、みな『内視』で行ってすべてを内功にしてしまう。(そもそも腰の王子の体操はすべて内功です。ラジオ体操は内功ではありません。)

 ”道”とつくもの、はそもそも内視が基本。形は内視して内側から作られた形。形、型だけを外から真似している段階は入門以前だ。形から中に入って、やっと入門だ。

 

 内視は坐禅や瞑想で行うものと同じ。

 内視ができないまま練習を続けてもいつまでたっても外縁をぐるぐる回るだけ。養生法としては効果が薄いだろう。

 

 スポーツは勝敗や記録に気を取られやすく内視がしにくい。

 気晴らしをしている時点で内視は無理だ。

 体を酷使して鍛錬している時は、筋肉を意識したり疲れ、どこかの痛みを意識したり、もしくはそこから意識を外そうとしてみたり、と、やはり内視ができない。鍛錬している、と思った時点で内視が外れる。

 

 最近レッスンをしていて気づいたが、内視を導いてそれを維持させたまま動けば、目が正しい位置に定まるため、目の動きによって脊椎が上から順番に連動して動くようになる。腕の動きが全く変わってしまう。それが維持できれば、四肢運動になってしまっていた簡化24式が本格的な太極拳の動きに変わりうる。そのくらい内視は大事だ。

2024/10/25

 

  構える時に、「腰を落とす」という言葉を使うのを時々耳にするけれど、その度にトリッキー表現だなぁ、と思う。

  

  「腰を落とす」と聞いたら、「腰を落として」しまう。

  そうしたら、腰が塊でどかっと落ちてしまう。

  腰は落ちてはいけない。

  なんなら腰は浮いているべきだ。

 

  太極拳では「腰を落とす」という言葉は使わない。

  『塌腰』(ターヤオ)という言葉を使う。

  ”塌“という漢字の意味は、「崩れ落ちる」だが、それは、『松腰』の延長線上にある。

 

  太極拳を行う時に、まずしなければならないのが、『松腰』だと馮志強老師は書いている。しかしこれは太極拳に限ったことではない。運動をする時は必ずまず腰を緩める必要がある。「よ〜い、ドン!」と走り出す前の、「よ〜い」の姿勢。この時、無意識で腰を緩めている。腰は前弯から後弯に向けて形を変えているはずだ。

  

  腰を緩めるには、まず、生理的前弯(前方に沿った形)から後弯方向に変えられる必要がある。つまり、腰椎を動かすことができなければならない。

 

  では腰椎を後弯すれば(丸くすれば)『塌腰』になるのか?というとそうではない。

 

  <上の図>

  腰椎は前弯の時(腰を反った状態の時)、椎骨の腹側は伸び、背中側は縮む、緊張が残る。後弯の時(腰を丸めた時、前屈の時など)はその逆になる。

 

  前弯姿勢は椎骨の背中側が緊張して腹圧が抜けやすい。また、後弯では椎骨の背中側が伸びるのだが、この時に、腹圧が抜けてしまうと椎骨の腹側のラインが突破されたようになって椎間板ヘルニアやぎっくり腰を発症させたりする(くしゃみでぎっくり腰になったという身近な例あり。)

 

  共に一長一短あるため、理想は前弯でも後弯でもないところを目指す・・・五つの腰椎をまっすぐに並べるように・・・と、やろうとすると、結局は、仙骨を立てる(骨盤を立てる)ということになる。

  が、すぐにその境地に至らないので、まずは、腰を緩める(松腰。ほっとして息が深く入る時の腰が丸くなる方向へ”:腰の王子の「おやほうおやすみ体操」の「おやすみ」の方向へ)。

  この時、ただの”猫背”になってしまわないように注意!

  腰を丸くして前肩になってしまったら猫背だ。その時はきっと頭が前に倒れているだろう。こうなったら腹圧が抜けてしまうし腰にも悪い。行き過ぎだ。

 

  腰を緩めようとすると、他の部分も弛緩してしまってただのだらしない姿勢になりがちだ。ではどうするか?というと、息を使う。

  息を通すことで腰を緩める。

  横隔膜を動かす必要がある。

   

  このあたりは様々な努力が必要だ。

  腰の王子の三種の神器も然り、私がずっとやってきているタントウ功や内功もそれを可能にするものだ。

  腰椎の前弯と後弯を繰り返す動きを行ううちに、それが、行ったり来たりの往復運動ではなく、循環運動(円運動)になることが分かってくると、自然に、腰の緩んだ感覚、松腰の感覚が掴めるようになる。一言で言えば、”隙間”の感覚だ。

 

  そのような腰の隙間感覚があって初めて腰が引き伸ばされながら垂れ下がる感覚=塌腰の感覚が生まれてくる。そうなれば仙骨の意識も生まれているだろう。

  

  まとめると、「腰は落とさない」。腰は「下向きに引き伸ばして垂らす」。そうなるためには、”腰の隙間”の感覚が必要で、”隙間”を見つけるには”息”が必要だ。 

  そもそも丹田を作るのは内側に隙間を作って内側から脊椎と脊椎の隙間を作るため。

  腰の王子は丹田を作っていない人でもそれを可能にするメソッドを編み出している・・・おかしな発声や表情はバイタルになる。

 

2024/10/21

 

 歩く時に抜き足と差し足が入れ替わる(スイッチする)というのは武術ではとても大事だ。なぜ両足に体重を乗せてはいけないかというと、両足に体重が乗っている時は、”居ついて”しまうからだ。とっさに動くことができない、躱すことができないからだ。

 たとえば両足に体重を乗せて立っている時に、前から人が当たってきた時、体を回旋させても躱せない。片足に体重を乗せていれば体を回旋させて躱すことは簡単だ。(混雑した駅で前から来た人と衝突しそうになった時にどうやって躱すかを想定すると分かると思います。)

 

 私は若い時に卓球の選手だったので、その感覚は分かりやすいです。

 レシーブに入る前は、体重を右左右左、と左右の足に振ってから徐々に動きを止めてレシーブの構えに入る。構えても決してどっしりと両足に体重を乗せることはありません。静止中も重心移動を目に見えないくらい高速で行っている・・・これはタントウ功と同じです。

 

 ここで馮志強老師の運手(雲手)の動きを見てみます。本来の伝統的な太極拳(民間派)の代表。


 そして、世界武術選手権でチャンピオンだったことのある老師の雲手。(現在普及している規定太極拳の動き。)https://youtu.be/6bZdHwPUxw8?si=IVSnKotEa1V5DlBO

 そして2つを比べてみます。

馮老師は動画をどこで一時停止させても両足に体重のかかっていることはありません。

隙がない。

 

一方規定の動きでは両足に体重がかかっている姿が目をつきます。

右足に重心を移して左足を左に出した時の動作。

 

規定の老師の方は体が浮いて左足が胴体から断絶している。ここで左足をとられたらどうすることもできません・・・

本来は馮老師のように、右足と左足は常に股(骨盤、丹田)を介して一本につながっています。『圆裆』と呼ばれる要領です。股が緩むと規定の老師のようになります。(腸腰筋が使えていない、という言い方もできます。)

 

この2人の画像が面白いのは、同じ動作なのに目線が真逆、というところ。

 

全身の連動をさせると、左の馮老師のようになります。

 

理論的に説明するよりも実践で力の出方を試すと分かりやすいのですが・・・

 

簡単にいうと、頭部と胸郭と骨盤は頭部が右回旋なら胸郭は左回旋、骨盤は右回旋、となると、軸が通ります(脊柱運動、一軸、軸が真ん中に通ります。)

もし全てが右回旋になると重心が真ん中から右に移動してしまい不安定になります。(背骨は殆ど使われない、ニ軸運動、右、左と軸が移動する。)

このあたりは、私もよく知らずに劉師父から言われるがままやってたのですが、後に腰の王子の講習を受けてそれがとても合理的なことを知ったのでした。(日本の文化は二軸が多く左右運動、欧米系は回旋運動の一軸運動、と言っていた人もいますが、検証はしていません。 スワイショウもよく見るのは二軸運動ですが、劉師父にやってもらったら見事な一軸運動でした。太極拳は背骨の回旋がメインの一軸運動です。)


 上の馮老師の動きをみるとダイナミックで活き活きした感じがして、規定の方をみると平面的で息のとまった感じがするのは連動の違いです。連動すると呼吸も深くなる。体を固めて四肢で動くのは老化を加速させることになる・・・

  中国で当時国家が太極拳を国民のために制定した背景には、それまで国家にとって危険な活動だとされてきた気功や武術を国にとって安全なものにする意図があったとも言われている。実際、馮老師も国から認められるまでは肩身の狭い思いをしたことがあったようだ。国が制定したことによって太極拳は全世界に普及したが、結果、核心は抜け落ちてしまった。広く一般大衆に普及させようとするとレベルを落とす必要があるのは仕方ないが、そのうち、本物を知りたくなる人も少なくはないはず。私もそうやって徐々に学んできたが、その結果分かったことは、どの分野でも一流、達人と呼ばれる人たちは皆共通する体の動きをしているということだった。太極拳の核心は、単なる太極拳の核心ではなくて、全ての身体運動、心理運動、意識運動の核心だったということだった。太極拳だけにしか通用しないものは太極拳ではないのかも? 「太極は万物に通じる」という言葉が今はよく理解できます・・・

 

 ということで、下に画像で比較を表そうとしました。

 馮老師の動きだと、サッカーや他の競技にも通用しそうです。

 

2024/10/17

   椅子に座って坐骨で座面を推す練習から立位へ。
 踵で地面を推すには坐骨が踵を推す必要がある。所謂、ハムストリングスの起動。

 これができないと正しくは歩けない。

 前足が着地と同時に後ろ足は地面から離れている。両足同時に着地している時間がない。小さな子供はそう歩く。常に片足着地だ。

 大人は前足が着地してから後ろ足が地面から離れる。後ろの蹴り足が流れてしまって本当には地面を押せていない。根本的には坐骨が使えない、ハムストリングスが使えていないから。

  上の子供と大人の歩き方の違いが分かるだろうか?

 

 <前足に体重が乗った瞬間、>

 子供の後ろ足は完全に抜けている。(踵も膝も抜けている)。片足立になっている。

 大人はまだ後ろ足に体重が残っている。踵を上げていてもつま先まであげることはできない。膝が抜けていないからだ(後ろ足が後ろに流れている)。この時はまだ両足に乗っている。

 

左のような歩き方はごく普通だが、どちらも両足に体重が乗っている時間がある。

 

↓下の画像へ

 

 

ちょうど、「人」という漢字のような両脚の形。

横断歩道の青信号の中の人もこのような歩き方だが、実は、これは本来の人間の歩き方ではない。後ろ足のハムストリングスで蹴って歩いているのではなく、前足の前腿で歩いているからだ。

 

太極拳では特にそれを戒めて、「双重の病」と言う。

体重が両足に乗るということは、どちらにも動けない、ということだ。

 

左は興味深い映像。

やっと歩けるようになったばかりの子供の歩き方は、片足ずつしか歩けない。

まだ太ももの筋肉が発達していないから、足裏から頭までを真っ直ぐに立ててバランスをとって歩くしかない。

 

このように、右足と左足が重なることなく歩くことはサッカーでは当たり前の話。

下のような動画がありました。

 

このような歩き方は「スイッチ」と呼ばれるのかな?

 

太極拳を含め、足捌きが大事になる武術や武道の師達は必ずそのような歩き方をしています。上の普通の大人のような歩き方をする師はいません。

ある動画で大谷君が歩いている姿がありましたが、その時は、左足が前の時はきれいに歩けていましたが、右足が前になると前腿に乗っていて両足に体重が乗っていました。

この時だけがそうなのかな?

 

両足に体重がかかる時(右側)は前肩です。そう、前肩だと前腿に乗ってしまうのは必至。わざと疲れた感じで歩いていたのかもしれません・・・

 

ただ、足捌き、という点ではサッカーの選手の方が参考になります。

 

 この6月のブログでは腸腰筋に着目して放松との関係で2人の弓歩を比較していましたが、これを仙骨が中に入っているか否か、に着目しても似たような結論になります。

 

 右側の赤い服の方は仙骨が内側に入っていて重心が腹(前)にある。

 左側のグレーの服の方は、仙骨が入っていなくて腹が後ろに引けている。重心が後ろに残ってしまっている。

  そうすると、ここか前進しようとした時に、赤い服の方は、そのまま腹にある重心を前に運べば、自然に後ろ足(右足)が抜き足になるが、グレーの服の方は前に移動しようとすると前足の太ももに引っかかってしまう(=右足の骨を使えない)。腿に体重を乗せてしまうと後ろ足も抜けず腿から動くことになってしまい悪循環。

 

 仙骨が中に入っていると、足の骨で立つことになる。

 仙骨が入っていないと、腿で立つことになる(足裏まで気が通らない)

 

 そういうことです。

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『今日のメモ』毎日の練習は気づきの宝庫。太極拳の練習の成果が何に及ぶかは予測不可能。2012年9月〜のアーカイブは『練習メモアーカイブ』へ

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練習のバイブル本

 『陳式太極拳入門』

   馮志強老師著

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2012/3/20

日本養生学会第13回大会で研究発表をしました。

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