「太極包含万物」
(太極はすべてを包含する)
『太極』はすべてを包含する究極の宇宙の摂理。
太極拳を学ぶ道は『太極』を学ぶ道でもある 。
(第18代陳式太極拳伝承人
馮志強老師の言葉より)
陳式太極拳は武術です。しかしその内容は奥深く、養生法でもあり、人生哲学でもあります。
学べば学ぶほど深みが増し、そこでの教えは生活の様々な場面で有効なことに気づきます。
「坐立行臥不離開練功」
(座っても立っても歩いても寝ても、練習から離れてはならない)
生きている間中、常に太極に向けての修行であるということです。
最初は身体から始めます。
身体は私たちに最も近い自然。
まずは身体に意識をめぐらし、もてる能力をすべて発揮できるように調整していきます。
身体の調整をしているうちに、次第に心の調整も大切なことに気づいていきます。
なぜなら身体と心はつながっているから・・・。
身体と心が調節されたなら、さらに最終目標の「天人合一」、自然との一体化に向かって修行していくことができます。
長い道のりですが、その道を一歩一歩進んでいくこと自体に充実感がある。
それも仲間と一緒に歩んで行けたなら、その喜びは倍増することでしょう。
各々の目標に向かって一緒に練習しませんか?
<2020年1月追記>
下の<HP開設にあたって>で書いたように、私は2011年にこのHPを書き出しました。その後HPを見て習いに来てくれる生徒さんが増えました。生徒さん達を教えながら、私が教えようとしている身体の”内側”の世界に入る(=太極拳に入門する)までには平均2年の内功の練習が必要なことを知りました。一度入れば自転車に乗るのと同じで一生その感覚は失われないでしょう。たとえ太極拳の套路の順序や動作を忘れてしまったとしても、内功で得た感覚は一生残ります。
私は生徒さんの数を増やすよりも、太極拳の核心となる”内側”を知ってもう引き返すことのない太極拳の門をくぐる生徒さんを作ることに最も力を注いできました。内側を知ってその世界に入れば、一緒にその話題で盛り上がれる自分の仲間ができる! というのが本音でしたが。
2009年春に師父と別れて日本に帰国し教え始めて10年経った2019年春、突然再度パリに行くことが決まりました。せっかく育てて来た生徒さん達と別れるのは悲しいことでしたが、これは神様が再度師父のところで学べと仕組んだに違いないと瞬時に心が切り替わりました。もうこんなチャンスはないかもしれない・・・いずれにしろ、もっと太極拳を学べと言われている、と理解せざるを得ませんでした。
2019年夏にパリに引っ越し、それ以来、毎日午前中は師父と公園で練習しています。東京や横浜では生徒さん達が自主練をしています。生徒さん達、私なしで大丈夫かなぁ、と最初は不安でしたが、次第に何人か核となって練習をするようなスタイルができてきているようです。練習会に参加しなくても個人で練習を続けている生徒さんもいるようです。あと1年か2年後に帰国する時の私の功夫、太極拳の理解は、渡仏前に比べて数段格上げされているに違いありません。帰国後私がどんな教え方をするのか自分自身興味津々・・・ 将来の自分に教える機会を与えてくれる生徒さん達との縁を楽しみにしています。
なお帰国するまでは、一時帰国中のレッスンに加えて、スカイプでもレッスンをしています。また、双方録画形式で質問とそれに対する動作の指導をすることも可能です。書面での質問に動画で答えることも可能です。興味のある方はお問い合わせから連絡を下さい。
私がパリで偶然劉老師に出会い、ただただ夢中で毎日練習した3年余りの日々。それから日本に戻って2年半が過ぎました。今でも老師に支えられ毎日鍛錬を続けていますが、あのパリでの取りつかれたような練習は、宝物のような思い出になっています。
主人の転勤でパリに行く以前にも、日本で中国人の先生について気功や太極拳を随分学んではいました。しかし、今思えばあの頃の練習は形式や身体の外側の運動に終始して、身体の中まで達する深いところには行きつかず、「気」は「気のせい?」のような曖昧な感覚に過ぎませんでした。
2006年1月、雪の降る中パリの公園で劉老師とマンツーマンの練習が始まりました。
劉老師は中国での伝統的な方法で太極拳を教えていました。すなわち、気をため、気を練る「内功」をとても重視した練習方法でした。「内気」を養わずに太極拳を学べるはずがない、という姿勢で、「站桩功(タントウ功)」(中腰でただ立つ練功)は毎日欠かさずやることが要求されました。「中国なら最初から毎日1時間だが、まずはこれから1か月は毎日40分立ちなさい」という老師の言葉に従い、最初は太ももが痛くて辛い思いをしながら頑張りました。その後2か月目は毎日50分、3か月目からは毎日1時間、1年目以降は1時間半以上(春分の日は3時間)、併せて家での坐禅が1時間、というように練習を重ねていきました。
あの頃は、雨の日も雪の日も寒い日も(-8°の日も!)旅行先でも、毎日外で立ちました。公園で練習してた時など、目を開けるとフランス人のカップルやファミリーがぐるっと私をとりまき輪になって座っていて、私を見ながらサンドウィッチを食べていた、ということもありました。横から「何やっているの?」と話しかけられることもしばしば。動いているならともかく、ただじっと目を閉じて立っている、というのはフランス人にはとても奇妙に思えたようです。・・・次第に自分が外界に煩わされなくなったことに気づきました。自分が自分の奥の方にあって、外界とかなりの距離があるような状態がとれるようになってきました。
日本で練習していた時には漠然としていた『気』についても、間もなく、はっきりと分かるようになりました。経絡もツボも、自分の身体で認識することができるようになり、古来の人がどのように経絡やツボの存在を知ったのかが理解できるようになりました。太極拳の大マスターである馮志強老師が、「太極拳は自己マッサージである」というのが体感できる身体になっていきました。
練功を初めて2年たったころの私の身体は主人も驚く程変化していました(後姿はブルースリー並(!?) )。健康診断では心拍数や脈拍がかなり低い値が出たため、医者からどんなスポーツをしているのか尋ねられたほどでした。空手を趣味にしている主人も、「なぜ立ってゆるゆる動いているだけで、こんな身体になるの?」と不思議な顔をしていました。立って気をため、経絡やツボを開き、力を抜いて身体を動かすことで気を全身に巡らす、という練習方法の正しさを確信したのがその頃でした。
身体面のみならず、精神面でも確かな進歩がありました。 身体は精神状態に大きく左右されます。「心が開けば身体も開く」と常に言われてきました。その意味が分かるようになるにはさらに一年ほど必要でしたが、もともと身体よりも精神面に問題あり、と思っていたので、精神面での安定感が得られてきたことはとても嬉しいことでした。
2009年2月、劉老師と離れ日本に戻ってきた時、私はこれからどのように練習していったらよいのかとても不安でした。しかし老師は、「人を教えなさい、教えることで学べるから。」と躊躇する私に指導することを強く勧めました。「日本にはまだ太極拳の真髄(技ではなく身体の内側の動き)を知っている人、教えている人は少ない。現在中国でもそのような先生を見つけるのは至難の技。これは年齢を問わず、身体の状態を問わず、万人に益する練習である。だからちゃんと伝えていかなければならない。」という老師の言葉を受け本格的に指導を開始しました。
それ以来、縁あって私もかなり多くの生徒さんと接し、教えてきました。一人一人の身体を扱い毎回学ぶことがあると同時に、生徒さん側からも、体の不調がなくなった、病気の進行が食い止められた、あるいは、回復した、などという言葉も聞くことが多くなりました。生徒さん達の真剣な練習姿、嬉しそうな顔、そして身体の変化を見ることは、自分だけのための練習をする時とは違った、大きな充実感を与えてくれる・・・。
今回ホームページを開設したのは、以上のような経緯によります。
この練習方法はとても合理的、かつ『目から鱗』のようなものも多く、どのような人にも効果のあるものだと今は確信しています。是非より多くの人に体感してもらいたいところです。縁がもたらすまた新たな人との出会いを楽しみにして・・・。